表紙

丘の家 27


 エレベーターを降りて左へ、三つ目の部屋、と、詳しく聞いておいたのが役に立った。 史麻と垣田青年はすぐ『東都書道展金賞祝賀会』と書かれた案内板を見つけ、受付の机に向かった。
 招待状を受け取っているのは、子供服のデザインをやっているという野間悠子〔のま ゆうこ〕だった。 菊乃の友達としては性格のいいほうなので、史麻は構えないで近づいていった。
「こんにちは。 私招待状ないの」
 目をパチパチさせて、悠子は笑った。
「あなたは親戚だもの、どうぞどうぞ。 そうだ、菊乃から頼まれてた。 確か任務があるのよ」
「任務?」
「そう」
 話しながら、悠子は後ろに体をねじって、カーテンの背後に置いてあった花束を出してきた。
「スピーチがすんだら、これを小母さまに渡してくださいって。 持ってきてもらおうと思ってたんだけど、電話で言うの忘れたんだって」
 うわ。 モデルはしていても派手なことの苦手な史麻は、内心げっそりした。 菊乃のやつ、花束贈呈係として呼びつけたのか。 彼女ならやりそうなことだった。
 それまでおとなしく斜め後ろに立っていた垣田が、遠慮がちに封筒を出してアピールした。
「あの、僕は招待状あります」
「あ、ごめんなさいお待たせして」
 とたんに悠子の声が甘くなった。 いい男と見ると露骨に態度が変わる。 菊乃の友達の共通点だった。

 またなんとなく肩を並べて、史麻は垣田と会場に入った。
 なかなかの盛況だった。 グラスを持った招待客が行き交い、顔見知り同士で挨拶などしている。 ちょっとした体育館程度の大きさがある室内は、しっとりした草書の受賞記念にしては派手な飾り付けで、ドレープのついた白と藤色の垂れ幕が、これでもか、という程の量で壁と舞台を覆い尽くしていた。
 まだ片瀬夫人は登場していないようだった。 史麻が会場を見渡していると、右手のほうから不意に菊乃が現れて袖を引いた。
「感心に、遅れないで来たわね」
「仕事が早く終わったから」
 さりげなく会話しながらも、二人の目はお互いの服装を素早くチェックし合った。 菊乃はバレンシアガの最新のドレスを身にまとい、バティニョールオリゾンタルのメタリックなバッグを持っていた。 思いっきりフォーマルな装いだ。 ドレスコードはどうした、と、史麻は訊いてやりたかったが、我慢した。





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