表紙

丘の家 28


 話を続けようとしたとき、フラメンコでも踊りそうなロングドレスを来た女性客が呼びかけて、菊乃はそっちへ行ってしまった。

 まだ客はぽつぽつと入ってくる。 ぎりぎりに来るのは若い客が多いことに、史麻は気付いた。
 やがて片瀬夫人が悠然と姿を見せて、拍手で迎えられた。 古代紫の和服をきちんと着ていた。 どうやら高価な辻が花染めらしい。 絢爛と着飾って、豪華そのものだった。
 すぐに入選作品の額が披露され、推薦した書家が、筆のさばき、にじみの繊細さなどを客たちに説明した。
 その後は、いよいよ本人の登場だ。 また拍手に送られて、夫人が舞台に上り、額の横に立って挨拶した。
 恩師への礼や客に感謝の言葉が延々と続く、ごくありきたりな内容で、史麻はすぐ気が散ってしまい、ろくに聞かずにシャンパンを飲んでいた。 そこへ、また菊乃が現れて鋭く囁いた。
「ほら、挨拶終わるわよ。 花束!」
 まったく強引なんだから。 さっき会ったとき、花を突き返してやればよかったと思いつつ、史麻はちょっとふくれ顔で答えた。
「持ってってただ渡すだけよ。 他は何にもしないからね」
「だめだめ。 おめでとうございます、ぐらい言ってよね」
 黙っていてもやるものと決めつけていたらしい。 むっとしながらも、仕方なく史麻は横に回って、低い舞台の前に行き、ぎこちない笑顔で薔薇の花束を差し出した。
「金賞おめでとうございます」
「まあ、ありがとう! きれいなお花」
 少し前かがみになって、片瀬夫人は藤色と白にオレンジのアクセントを利かせた花束を受け取り、にっこりし返したが、目は笑っていなかった。

 演出、演出、と心の中で呟いて史麻が戻ってくると、まだ同じ場所に残っていた菊乃の話し声が聞こえた。
「そう、学校友達だし幼なじみ。 きれいでしょう? モデルやってるのよ」
 えっ? 珍しい、私を褒めてる――史麻は首をかしげた。
 相手の男の鼻声が聞こえた。
「菊ちゃんに紹介してほしいなあ。 合コンでFAに会ったことはあるけど、モデルさんにはご縁がなくてさ」
「FAって何?」
 ヒョロッとした青年は、歯を見せて笑った。
「知らないの? スッチーのことを、今じゃそう言うんだよ」
 史麻はウッとなった。 こんな合コン好きのモヤシ男に紹介されたくなんかない。 たまたま視野の先に垣田が見えたので、急いで引き返して傍に行った。
 一人でぽつんと立っていた垣田は、うれしそうに話しかけてきた。
「お客さん一杯ですね」
 史麻はそわそわと頷いた。
「これから立食パーティーになるみたいですね。 私は食欲ないし、義理は果たしたからもう帰ります。 これだけたくさんいたら、途中で消えても目立たないでしょう」
「僕もご挨拶すませたら帰ろうかな。 知り合いいなくて寂しいし」
 そこで彼は、子供のような笑顔になった。
「ええと、あなた以外は」
「私?」
「うん。 知り合いでしょ? ちょっと前からだけど」
 この人なら友達になってもいいかな、と、史麻はふと思った。





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