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丘の家 1
梅ケ淵〔うめがふち〕に戻ってこようと決めたとき、真っ先に思い浮かんだのは、片瀬の家だった。
その家は、漁師町に毛が生えたぐらいの梅ケ淵にあっては豪邸の部類で、小高い台地に立っていた。 住人は、片瀬という一家。
それは、史麻〔しま〕の姉、早智〔さち〕が、四年前に主婦として取り仕切っていた屋敷でもあった。
丘の上に堂々とそびえる白い家は、子供の目に眩しかった。 姉と手を繋いで小学校に通う道すがら、史麻は釣具店の横を行き過ぎるまで、絶対に片瀬の家を見ないようにしていた。
店が後ろになって、四つ角を曲がると、ようやく顔を上げる。 その動作がこそこそしていて可笑しいと、よく姉に言われた。
「なんで片瀬さん家〔ち〕見ないようにするの? 変だよ。 あやしいよ、その態度」
「なんか、あの家こわくない?」
小声で問い返したら、脇腹を指で突っつかれた。
「どこが〜? きれいじゃない。 大きいし。 好きだな、私は」
*〜*〜*〜*
福祉系の短大を卒業して、早智は梅ケ淵市役所に就職し、ヘルスケアの仕事をやり始めた。
横文字の職場ではあるが、実施していることはお年寄りの訪問調査やラジオ体操の指導、健康パンフレットの作成などで、とても地道だし、縁の下の力持ちのようなことばかりだった。
だから、五年前の正月休み、姉が不意にアウディを門の前に乗りつけて、目元の凛々しい青年を伴って帰ってきたときには、家族中があっけに取られた。
青年は和室に通されると、きちんと正座して、片瀬治臣〔かたせ はるおみ〕と名乗った。
わざわざ言わなくても、みんな知っていたが。
彼は、丘の上にそびえる片瀬家の長男で、下に妹がいた。 そして、間違いなく町一番の婿候補だった。
早智との結婚に文句をつける者は誰もいなかった。 あれよあれよという間に婚約が成立し、式の日取りも吉日に決まった。
五月の花嫁さんは、本当にきれいだった。 式はウェディングドレスで挙げたが、片瀬の両親がぜひ見てみたいということで、披露宴では豪華な内掛けを着た。
まだ十九になったばかりで、成長の止まらない手足を持てあましていた史麻は、家族席から姉の美しさに見とれた。
誇らしかった。 皆がうらやむ夫を射止め、幸せに光り輝いている早智が、自分の姉であることが。
しかし、華やかな結婚式から一年も経たない三月末に、早智は片瀬家を出た。 そして、誰にも行き先を知らせずに、消息を絶ってしまった。
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