表紙

 -104- 後々までも




 それからミレイユは、せっせとアンリエットに手紙を書くようになった。
 アンリエットのほうからも折に触れて便りが届いた。 お互いに何でも相談できて、テオフィルがうらやましくなるような関係だった。
「わたしにも友人がいないことはないが、男はそんなに手紙を書き合わないからな」
 テオフィルが特別に買ってくれた螺鈿〔らでん〕の美しい八角テーブルで、書き終わった便箋をていねいに畳みながら、ミレイユは微笑んだ。
「相手がリリでなければ、私もこんなに書かないし、書くこともないわ。 彼女は特別」
「たしかに魅力のある夫妻だな。 助けることができてよかったと、会って話して改めて思ったよ」


 そして秋にさしかかった頃、パリに戻ったピエロとアンリエットから連名の手紙が届いた。 二人の初めての子供が、少し早めだが無事に生まれたという、喜び一杯の知らせだった。
「フロランス・ミレイユとつけてくれたんですって。 あの二人の子なら、ずいぶん可愛らしいでしょうね」
「女の子が生まれたんだね。 母子とも健康か。 それが一番大事なことだな」
 渡された手紙を丁寧に読んだ後、テオフィルも胸が温かくなった。
「ところで君も知らせたのかい? 三月に四人目が生まれる予定だということを」
 ミレイユの手が、自然に体の前を優しく撫でた。
「まだよ。 確かだとわかったから、この手紙の返事に書くつもり。 フロランス・ミレイユちゃんの誕生祝いも贈りたいし」
「今度はわたしが心配する番だな。 出産のたびに命が縮む思いをするんだ。 生まれた子と幸せそうな君の顔を見ると嬉しくて、家族のために丈夫で長生きしなければと、新たな決意を固めるんだけどね」
「私は大丈夫よ」
 今では本物の自信を持って、ミレイユは胸を張った。
「お産が軽いなんて、運のいい生まれつきだったわ。 子供は大好きだし。 それにマッツとテランスで気づいたのだけれど、二人が一人の倍も手がかかるってことはないのね」
「マッツ一人で普通の一.五倍じゃないのか?」
 そう言って、テオフィルは忍び笑いした。
「あいつ、年中新しいいたずらを思いついているじゃないか」
「きっとシュシュ(犬)と同じなのよ」
 ミレイユは落ち着いたものだった。
「子供のときにやんちゃだと、成長したら賢くて聞き分けがよくなるの}
「確かにシュシュはそうなったが」
 人間の男の子については確信がなかった。 テオフィルは頭を振り、明るい見通しを取ることにした。
「まあ、正しいしつけを続けていけば、きっとそうなるな。 それに、テランスのほうは問題なくいい子になるだろう。 あんな落ち着いた人間は見たことがない」
「ヴァレリーは?」
 ミレイユが水を向けると、とたんにテオフィルの表情がゆるんだ。
「お姫様には欠点がない。 君と同じだ」
「まあ」
 今度の子は女の子がいいわね、二人になればテオフィルの甘やかしも半分になるでしょうから、と、ミレイユは密かに考えた。




 それから十数年後、マッツは伯爵の称号を継ぎ、六人兄弟の総領として、しっかりした青年に成長した。
 一方、いつも落ち着いていたテランスは、趣味がこうじて語学学者になった。 考古学者と組んで、世界を股にかけて旅して回る、すっかり逞しくなった次男を、テオフィルははらはらしながら見守り、愛妻に愚痴をこぼした。
「まさかトカゲ・マニアのユージェーヌ伯父さんの血が、うちの息子に出るなんて。 あのテランスが冒険家になると想像できたかい?」
「今でも落ち着いているのは事実ね。 お仲間のバロワン博士によると、どんなときも平静を失わないから、何か起きるとみんなテランスのところへ駆けつけるそうよ」
 その言葉には、母の誇りがにじんでいた。
「まあ、ぼーっとしたユージェーヌ伯父さんよりは長生きするだろうが」
「一人ぐらい旅好きがいてもいいでしょう? 後はみんな近くにいて、私達を喜ばせてくれるんだから」
 ヴァレリーは父の夢のとおり、心優しい美女に成長して、近くの子爵の息子と恋愛結婚した。 今のところ、家庭を持ったのは彼女が初めてだ。
 四番目に生まれたデジレは、あまりにも母そっくりで、ミレイユの望み通り姉のヴァレリーと父の愛情を分かち合った。
 下の二人、レオナールとマティルドは、まだ子供だが、どちらも活発だ。


 子供たちのデビューのため、一家をあげてパリに半年滞在したとき、兄妹たちはピエロとアンリエットの子供たちと親しく付き合ったおかげで、すっかり下町に詳しくなり、また地方の金持ち息子が都会に出てコロッと騙される手口も教えてもらって、安全に社交界を乗り切ることができた。
 両家の結びつきはいっそう強くなって、子供の代も続いた。 そして一組の恋人が誕生し、縁組に発展したが、それはまた別の話。
 大きな戦争のないベル・エポック期を、両家は幸福に末永く生き抜いた。













〔完〕









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