表紙

 -1- 永遠の別れ




 パリのお屋敷街、シヴレー通りの中ほどに、ひときわ格調の高い昔風の石造りの邸宅があった。
 そこはモンルー侯爵一家が何百年もの間住みつづけ、改造を繰り返してきた愛着ある屋敷だった。 だから革命騒ぎが終わった後、真っ先に隠し財産を使って手入れをして、元の姿に戻した。


 八月初めの物憂い午後、その侯爵邸の奥まった寝室に、四人の人物がいた。
 一人は、ゆったりした夜着をまとって、天蓋つきの荘厳なベッドに横たわっていた。 傍には白髪の医者が立ち、重々しい表情で病人の脈を取っている。
 傍らの椅子には、ほっそりとした少女が座って、病に倒れた老婦人のもう片方の手を握り、頬に押しあてていた。
 そしてベッドの柱の陰には、おごそかな顔をした司祭が立ち、看取りの儀式のために備えていた。
 しばらくうつらうつらしていた老婦人は、やがて最後の努力をして、うっすらと目を見開いた。
 すぐ、少女が体を近づけ、悲しみに曇った声で低く話しかけた。
「伯母様、ご気分はいかが?」
 モンルー侯爵夫人はわずかに微笑み、弱々しく手を上げて、姪のミレイユ・デピナルのなめらかな頬に触れた。
「だいぶいいわ、さっきよりずっとね。
 だから、今のうちに話しておくことがあるの。
 ミレイユ、私のミリーや、ずっと貴女を守ってあげると約束したのに、こうなって残念だわ」
「いいえ、伯母様! 伯母様は本当によくしてくださったわ。 私の本当の肉親は、伯母様だけ」
「でも、血のつながらない余計な親戚がいるのよね、困ったことに」
 小さな溜息が、病人の口から漏れた。
「もともと大変な持参金がある上に、私の遺産をほぼすべて譲るから、貴女〔あなた〕はこの国有数の花嫁候補になった。 もう危険な相手は、あの大馬鹿な義弟のジュスタンだけではなくなったと思いなさい」
 貴婦人にはふさわしくない罵り言葉を耳にして、司祭が遠慮がちに咳払いした。 でも、死を目前にした侯爵夫人に、もう怖いものはなかった。
「大げさだこと。 馬鹿を馬鹿と言って、何が悪いの?
 ともかく、私の懐に飛び込んできたからには、貴女を生涯守りとおす覚悟です。 だから、この人なら安心だという婿候補を、貴女のために選んでおきました」


 思わぬ話の展開に、ミレイユは反射的に身を引いた。
「……婿……?」
「そうですよ」
 侯爵夫人は、瀕死とは思えない輝きを秘めた目で、可愛がっている姪を見据えた。
「貴女が男の人を怖がっているのは、よく知っています。 それでも敢えて、結婚してもらいますよ。 さもなければジュスタンが、我が物顔にこの屋敷に乗り込んできて、貴女もふくめてすべてを自分のものにしてしまうでしょう。 あんな男、貴女の靴を拭く資格もないのに」
「……でも、伯母様……」
「婿候補は二人とも、非常に立派な人物です。 実は三人いたのだけれど、もう一人はある隠し事をしていたので、候補から外しました。 残りの二人は問題なし。 きっと貴女を誠実に保護してくれます」
 逃げ場を求めるように、ミレイユは周囲を見回した。 だが、医師と司教が口添えしてくれるわけはなく、緊張で顔を強ばらせながら、伯母に向き直るしかなかった。
「秘書のマリオットに言って、お二人の候補者に手紙を出してもらいました。 現在パリにおられるはずですから、明日にでも来てくださるでしょう。 お二人が到着されるまで、私が生きていられなくても、死を公表するのはその後と、司祭さまにもお医者様にも堅く約束していただきました。
 だから貴女も約束して。 お二人が来られたら、かならず直〔じか〕に、お目にかかること。 そして、お一人を選ぶこと。
 それだけは守ると、ここで私に誓って」






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