表紙

 -2- 訪問者二人




 ミレイユの口元が、頼りなげに痙攣した。
 だが、最後の決意を秘めた大叔母の眼力に押され、とうとううなずいた。
 しかしそれだけでは、モンルー侯爵夫人は容赦しなかった。
「はっきりと声に出して言ってちょうだい。 二人の殿方のどちらかを選ぶと」
 あえぐように一息ついた後、ミレイユは崖から飛び降りるくらいの勇気を固めた。 そして、思わぬ大声で答えた。
「はい! 必ず結婚します」


 これで、侯爵夫人の心残りはなくなった。 安心して目をつぶってから間もなく、夫人は姪の手を握ったまま、静かに世を去った。
 ミレイユは、涙が枯れるまで泣いた。 やっと久しぶりに安住の地を得たと思ったのに、頼もしく愛すべき人柄だった大叔母まで、あっという間に奪われてしまったのだ。
 両親を天然痘で相次いで失ったのは、まだ六歳のとき。 それから侯爵夫人の妹リディアーヌに引き取られ、共に過ごした三年間だけは幸せだった。 しかしリディアーヌも、やがて病に倒れた。
 その後は暗黒の日々だった。 ようやくパリの寄宿学校に入ることができたときは、生き返った心地がしたのだが……。
「ああ、リリ。 大好きなリリ!」
 学校でただ一人の親友だった子の名前を、孤独で静まり返った部屋の中で呼ぶと、いっそう悲しさがつのった。


 大叔母との臨終の約束を守って、司祭と医者は最大三日間だけ、彼女の死を秘密にしておいてくれることになった。
 その間、遺体は清められて、庭の礼拝堂に安置された。 季節が夏なので、氷室の氷をこまめに取り替えて冷やすこととなった。
 ミレイユは喪服を着ることができず、心の支えだった大叔母の死にうちひしがれながら、誰か知らない訪問者が来るのを、じっと待つしかなかった。


 不幸中の幸いで、翌日の午後にはもう、馬に乗った紳士が相次いで二人、姿を現した。 どちらも律儀な人柄らしく、手紙をもらってすぐ駆けつけたのだ。
 そのため、きらびやかな応接室に、そろって案内されることになった。 昼食を食べる元気もなく、上の階でぼんやり中庭を眺めていたミレイユは、訪問カードを捧げて従僕が現われたので、あやうく飛び上がるところだった。
「こちらの方々がお見えになっています」
 そう言って盆ごとテーブルに置かれたカードを、ミレイユは途方に暮れて眺めた。
「モンシャルム子爵セレスタン・バイエ様と、アランブール伯爵テオフィル・ダルシアック様?」
「はい、お嬢様」
 カードを手にしたまま、ミレイユは立ち上がり、銀色のショールがすべり落ちるのにも気づかずに、歩き回り始めた。 従僕が素早く身をかがめて、彼女がショールを踏みつけないように拾い上げた。
 ミレイユは窓まで行って、あることを思いついて急いで引き返してきた。
「お二人ともお目にかかったことがないの。 どんなお方だった?」
 若い従僕は、当惑して目を丸くした。
「はい……子爵様はすらりとして、きれいな金色の巻き毛をしていらっしゃいます。 伯爵様のほうはとても大きく、栗色の髪はまっすぐで、いかにも強そうな方で」
 従僕ジャックの説明は、なかなか上手でわかりやすかった。
「ありがとう。 子爵は金髪で、伯爵は栗色の髪なのね?」
「さようで」
「では、これからすぐ下りて行きます」
 ジャックは頭を下げ、ドアを開いてミレイユが通れるようにした。






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