表紙

 -3- 挨拶の中で




 ミレイユが、こそこそした足取りで中央階段を下りると、客間の扉が半開きになっているのがわかった。
 それで、そっと近寄って隙間から覗いた。 すると、だだっ広い部屋の端と端に、二人の貴族が座っているのが見えた。
 どちらも目を合わせず、気まずそうな感じだった。 金髪のスマートな青年は、椅子の背に深くもたれかかり、脚を組んで天井の模様を眺めていた。 もう一人の紳士は、金髪青年と同じタイプの椅子に、いかにも窮屈そうにはまって、長すぎる脚を前に伸ばして、豪華な両開き窓から外に目をやっていた。
 どれだけ大きいんだろう、と、ミレイユは感嘆した。 もしかすると二メートル近くあるかもしれない。 まるで、子供のとき一度だけ父に連れて行ってもらった巡回動物園のゴリラみたいだ。
 そう思いついたとたん、久しぶりに笑い声を立てそうになった。 ほんの少しだけ気分がほぐれて、ミレイユは顎を上げ、勇気を奮い起こした。
 そうだ、ゴリラさんを見に行くと考えればいいんだ。 それが例え、彫刻のようないかめしい顔立ちの、がっしりした大男だとしても。
 親友のリリなら、きっとそう言って励ましてくれるにちがいない。 ミレイユは彼女に見守られている思いで、できるだけ肩をそらせて胸を張り、ゆっくりと扉を開いた。


 とたんに、中の二人が立ち上がった。 どちらも優雅にはいかなかった。 子爵は、組んでいた脚がもつれて軽くよろめいたし、伯爵は椅子が小さすぎてなかなか抜け出せず、膝を立てて少しもがいた。
 これでミレイユは、ますます気持ちが楽になった。 私だけじゃない、みんな緊張してるんだ、と気づいて。
 はにかみながらも何とか微笑んで、ミレイユは二人に等分に挨拶した。
「初めまして、ミレイユ・デピナルです。 アランブール伯爵と、モンシャルム子爵でいらっしゃいますね?」
 大きな伯爵は、黙って深く頭を下げた。 一方、優雅な子爵は金髪を振り立て、急ぎ足でミレイユに近づくと、うやうやしく手を取って唇に当てた。
「予告もなしに押しかけてきて、申し訳ありません。 実はモンルー侯爵夫人に招待されまして」
「事情は存じています」
 声が震えないよう、ミレイユは努力した。
「わざわざおいで頂いて、ありがたく思っています」
 ふと気がつくと、子爵は巧妙に彼女の視野をさえぎって、伯爵を見えないようにしていた。 まるで客間に二人だけのような振る舞いだ。
 六年前、希望にあふれて入った寄宿学校で、誰にも相手にされず、独りぼっちだった日々が、大きく脳裏をよぎった。 彼女はあまりにもおびえ、人見知りで、自分から友達を作ることができなかったのだ。
 まさか、堂々と立派な体格の伯爵が、人に無視されることなどありえない。 むしろ恐れられ、敬遠されるほうだろう。
 でもミレイユは、礼儀上からいっても、もう一人の客人をおろそかにすることはできなかった。 最期まで又姪を案じていた大叔母に恥をかかせないために、ミレイユはなけなしの勇気をふりしぼって子爵から離れ、伯爵に近づいた。
 彼は立ったまま、黙然としていた。 ここに来るのに気が進まなかったのかもしれない。
 当たり前だ、と思い、ミレイユは深く考えないようにした。 巨大な持参金があるとはいえ、取りえがそれだけの臆病娘など、わざわざ逢いに来る価値はない。
 二人とも優しいから来てくれたのだ。 ミレイユにはわかっていた。 だからいくら大柄でも、伯爵が怖いとは思わなかった。
「大叔母はお二人を、とても立派な方だと申しておりました。 できれば、いろいろお話を伺いたいのですが」
「どうぞ訊いてください。 何でも話しますよ」
 後ろから声がかかって、子爵が傍の椅子に近づき、丁重にミレイユを座らせた。 彼は明らかに、仕切り屋のようだった。






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