表紙

 -4- 立派な味方




 ミレイユは思わず、引かれた椅子にそのまま座ってしまったが、すぐ気づいた。 二人はお客様なのだから、もてなさなければ。
「コーヒーかココアでもお飲みになります? それともワインとか?」
 またもや子爵が、間髪を入れず答えた。
「ではココアを」
 ミレイユは、今度は用心して二人掛けのカウチに腰をおろした伯爵に視線を移した。 相変わらず岩のように無表情だが、反面とても安定感があって、上がりに上がっているミレイユでも、彼を見ると気持ちが静まってくるようだった。
「伯爵様は?」
 ミレイユを穏やかに見つめたまま、彼は短く言った。
「何でも結構」
 ミレイユはほっとしてベルを鳴らし、ココアを頼んだ。


 幸い、気をきかせた料理番が早めに用意していたらしく、ココアと軽い焼き菓子が、まるで手品のようにすぐ現れた。
 でも、その短い間に、ミレイユは時間を稼げた。 心を一段と落ち着かせる時間、適当な話題を思いつく時間を。
 近くにいた子爵にまずココアのカップを渡しながら、新たな勇気を試してみた。
「大叔母は急に弱って亡くなったので、申し訳ないですがお二人のことを話してもらえなかったのです。 もしよければ……」
 親切で少しお節介な子爵は、すぐ乗ってきた。
「いいですとも。 では僭越〔せんえつ〕ながら僕から。
 僕の故郷はルーアンで、イヴトの近くに領地を持っています。 なかなか景色のいいところですよ。
 家族は父と、妹が一人。 ヴィクトリーヌといって、僕が言うのも何だが優しい子です。 秋の初めに長年の許婚と挙式する予定で」
「それはおめでとうございます」
 子爵がよくしゃべってくれるので、ミレイユは相槌を打つだけでよく、楽だった。
 だが、もう一人はそうはいかない。 ミレイユは腕を伸ばして伯爵に茶碗を差し出し、相手も体を乗り出して受け取った。
 目測をあやまったのか、指の長い大きな手がミレイユの手首まで届いた。 一瞬、手の甲を下から支えられる形になって、ミレイユは固まった。
 傾いた皿を、伯爵は素早く立てなおし、カップを口に運んだ。 一口飲む間、沈黙が客間を支配した。
 伯爵は急がなかった。 悠々とココアを楕円形のテーブルに置くと、手短に言った。
「わたしの故郷はアミアン。 親は両方とも亡くなり、家族はいません。 小うるさい親戚が少しいますが」
「あ、それはうちも同じだ。 要らないときに限って、余計な世話を焼きに来るんですよね」
 子爵が苦笑まじりに口を挟んだ。 丁寧な口ぶりから見て、二人の男性はせいぜい顔見知り程度で、お互いをよく知らないようだった。


 今度は自分の番だ。 ミレイユは姿勢を正してスカートのひだを撫でつけ、心の中で祈りを唱えてから、話し出した。
「大叔母がどこまで、私のことをお知らせしたかわかりません。 私は孤児で、もう血の繋がった身寄りはなく、近親者といえば」
 そこで無意識に、強く身震いした。
「大叔母の妹の夫だったジュスタン・デフォルジュしかいないのですが、この人は……」
「貴女と財産の両方を狙っている」
 子爵が、この上なくはっきりと述べた。
 見ると伯爵も頷いている。 二人とも、この事情はよくわかっていた。
 ミレイユは二人を交互に眺めているうちに、涙をこらえきれなくなった。 それは、信頼できる後ろ盾を見つけた安堵の涙だった。







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