表紙

 -103- 絆を結んで




 今度泣きそうになったのは、アンリエットのほうだった。
「思いもよらなかった。 あなたが私に手紙を……
 でも、そうよね。 どこまでも優しいあなたが、母と私に何も言わずに立ち去ったとき、悟るべきだった。 後で必ず連絡してくれるって」
「お母様はさぞ、恩知らずの私に腹が立ったんでしょうね」
 ミレイユはしょんぼりした。 申し訳ない思いで一杯で、アンリエットは友のほっそりした手を取って頬に当てた。
「母は気の強い人だけど、ああいう商売をしていたから劣等感が強いの。 ひがむと頑固になってしまって、ときどき手がつけられなくなるのよ。 許してね」
「あなたのせいじゃないわ。 そうわかって、すごく嬉しい」
 二人は再び、友情を込めて堅く抱き合った。
 ミレイユの背中をさすりながら、アンリエットはしみじみと呟いた。
「こんなに誠実な友達がいて、私は本当に幸せ者だわ。 あなたとご主人が奇跡のように現われて、死刑からピエロを救い出してくれたあの日、お二人が天使に見えた」
「私もお母様が剣と盾を持った天使ガブリエルに見えたと、イヴォンヌさんにお伝えして」
 二人は顔を見合わせ、心から明るい笑顔になった。




 一晩だけ泊まって、ピエロとアンリエットの夫妻は、熱心に引きとめられたにもかかわらず、急いでピエロの勤め先ルーアンに帰っていった。
 仕事が順調に拡大し、顧客が増えて簡単に後任者に引継ぎできなくなったことに加え、その後継者ボーモン氏がまだまだピエロに頼り、帳簿をごちゃごちゃにさせてしまったため、長く店を留守にできないのだった。
 それでも、たった二日の間に、ミレイユとアンリエットは寝る時間も惜しんで、ぎゅう詰めに話を押し込んだ。 アンリエットは子供たちにも大変好かれて、一緒に庭で遊びながらミレイユともずっと話しつづけるという離れ業をやってのけ、二人の夫の微苦笑を誘った。
「あんなにはしゃぐ妻を見たのは初めてですよ」
 ピエロが参考にぜひ見せてほしいというので、広い領地にある様々な建物を案内して戻ってきたところで、テオフィルは楡の幹にもたれ、興味深そうに妻や子供たちの姿を目で追った。
 その横ではピエロが、よちよち歩きのテランスにせがまれて抱き上げたアンリエットを、うっとりと見つめていた。
「秋にはリリも身二つになります。 あんな風に可愛くて丈夫な子供が生まれることを、聖ジョルジュ様(彼の誕生聖人)に祈っているんです」
「それはめでたいですね。 うちは続いて三人生まれてしまったので、妻の体が心配になりましたが、元気に乗り切ってくれました」
「しかも、みんないいお子さん達だ」
 ピエロはしみじみと言った。
「リリは笑窪がかわいいヴァレリーちゃんに夢中で、連れていきたいぐらいだなんて言っていますよ」
「ヴァレリーはだめですよ」
 テオフィルはわざと真顔になって答えた。
「あの子はわたしの秘蔵っ子でもあるんです。 みな可愛いですが、女の子は父親にとって特別ですね」
「母親が男の子を大切にするように」
「ええ」
 ベストの胸ポケットに指を入れて、テオフィルは遠い思い出をたどった。
「母はわたしをかわいがってくれました。 それが不意に姿を消して…… 駆落ちしたと心無い噂をされて傷つきましたが、実は強盗に殺されていたんです」
 ピエロはぎょっとなって目を見張った。
「そんな恐ろしい目に! お気の毒です」
「ええ。 でも母は闘って、相手に致命傷を負わせていました。 今では誇りに思っています」
「最高の方ですね。 わたしも、女手一つで育ててくれた母が自慢ですよ」
 ふたりはそこで口を閉じて、妻たちと幼児が晴れた空の下、明るい芝の上でたわむれる美しい風景に見とれた。







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