表紙

 -102- 手紙の行方




 そして二分もしないうちに、ミレイユが玄関から走り出てきた。
 女二人が手を取り合い、次いで夢中で抱き合うのを、傍でにこにこしながら眺めていたピエロは、馬の蹄の音が近づいてきたので、首を回して横を見た。
 すると、古びた作業服の上着をはためかせた大男が、立派な馬に乗って近づいてくるのがわかった。 普通なら近所の農民か、よく言って領地の差配人とまちがえそうな服装だが、裁判所で強い印象を受けたピエロはすぐ見分けて居住まいを正し、帽子を取って挨拶した。
「閣下」
 テオフィルは身軽に馬から降りると、笑顔になって客たちに歩み寄った。
「おいでいただいて嬉しいです、ベルトーさん。 年末にめでたく結婚されたとか」
 差し出された手を強く握って、ピエロは輝く眼を上げた。
「すべて閣下と奥方様のおかげです。 どうしてもお目にかかって感謝の気持ちをお伝えしたくて」
 テオフィルは目を細めて、手をつないだまま積もる話に夢中になっている妻たちを眺めた。
「堅苦しい言葉は抜きにしましょう。 さあ、中に入ってください。 どうぞこちらへ」


 一方、アンリエットはミレイユが十七で結婚して、すでに三児の母だと聞いて、目を丸くしていた。
「えー? 全然そんな風に見えない! どうやったらこんなにすらりとしていられるの? コツをぜひ教えて」
「自分でもわからないの。 前より食べてるのに。 きっと子供たちを追って、歩いたり走ったりするからかしら。 三人とも元気で、よく動きまわるのよ」
 それから、アンリエットがなぜ質問したか悟って、訳知りの笑顔になった。
「ああ、あなたももうじき?」
 アンリエットは照れて、ミレイユの袖を軽く引っ張って下を向いた。
「そうなの。 あなたにあやかって、丈夫な子を産みたいわ」


 屋敷の中に招き入れられて、四人は半時間ほど歓談した。
 テオフィルが念入りに作り上げた証言については、誰もわざわざ口にしなかったが、皆わかっていた。 その後に起きた総監殺人事件については、ピエロが説明した。
「わたしを陥れようとしたのは、ダロワ子爵夫人です。 未亡人になった彼女は、仕事先のルーアンまで来て求婚してきたんですが、断るしかありませんでした。 わたしはずっと、リリだけしか好きになれなかったもので」
 やはりそうだった、と、ミレイユは心の中でうなずいた。
 尼僧院付属学校時代、酒屋のお嬢さんリリの送り迎えを、毎日やっていた店員のピエロ。 面と向かっては兄貴のようにリリを叱ったりからかったりしていても、彼女の視野から外れると、燃えるような目でそっと見つめていた姿は、女子生徒の憧れであり、ロマンティックな恋人の象徴だった。
 ダロワ子爵夫人はリリとミレイユの同級生だ。 当時は宝石店の一人娘ドリアーヌ・ミションだったが、子供のころからませていて、ピエロの想いが誰にあるか、真っ先に感じ取って、馬鹿にした様子で噂していた。
 それなのに、実は自分がピエロに夢中だったのだ。 わざわざ何百キロも後を追って、気持ちを告白したと聞くと、なんとなく気の毒に思えるのは、ミレイユ自身も今では恋を知ったからだろうか。
「子爵夫人と総監は、馬車で密会していたところを強盗に襲われて命を落としました。 それが警察の公式見解です」
「なるほど。 実際は仲間割れのようですね」
 テオフィルは静かに言った。
「事件は完全に終わった。 もう貴方たちが安全になって、よかったですね」


 その後、テオフィルとピエロはビリヤードをやることになり、ミレイユはアンリエットを連れていそいそと二階へ上がった。
 婦人用居間に入ったとたん、ミレイユは再びアンリエットに抱きついて、涙を流しはじめた。
「ああ、リリ、あなたと友達に戻れて、どんなに嬉しいか」
 年下のアンリエットが、姉のようにミレイユの肩を抱いた。
「私も。 ずっと連絡を待っていたのよ。 あのまま別れてしまうなんて信じられなかった」
「え?」
 ミレイユは心底驚き、一瞬言葉を失った。
「でも……私すぐ手紙を書いたわ。 叔父のジュスタンがお宅に嫌がらせするのを恐れて、あなたと友達だと言えなかったことを。 叔父は私の財産目当てで、無理やり自分の妻にしようとしていたのよ」
 今度はアンリエットが、あきれて口がきけなくなった。
「あ……あなたを? 娘どころか孫ぐらいの年なのに?!」
「お金のためですもの、何でもするわ。 そういう人なの」
「だけど、手紙って」
 アンリエットは奇妙な予感に、胸が冷たくなるのを感じた。
「私、受け取っていないわ。 あなたが手紙を書いて送ってくれたのは、オードラン酒店? それとも」
「お母様のお店よ。 メゾン・ド・ラシェル」
「なんてこと…… ママったら、きっと読まずに破っちゃったんだわ!」








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