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表紙

火の雫  67
 家賃と学費。
 絵津の胃が、ぎゅっと縮んだ。
 この賃貸マンションは、女の子と同居しても文句を言われないらしい。 だが、部屋代はともかく、食費や洗濯代、光熱費はどうなのか。 まだ婚約もしていないのに、真路にすべて被せるのは勝手すぎないか……。
 だらんと寝そべっている真路の足元に、絵津は腰を下ろした。 ベッドがわずかに凹んだ。
「真路」
「なに?」
「私、パート探そうかな」
 とたんに真路がむっくり起き上がったので、またベッドが波打った。
「無理。 住民票移してないし、学生証出したら高校へ問い合わせされたときにバレる。 第一、千葉の学校に通ってる人間が、なして八王子でバイトするんだって」
 しなやかだが力強い腕が、絵津の肩にぐるっと回った。
「身元がしっかりしてないと、今は仕事探すの大変なんだぜ。 短期のパートでも」


 不意に、絵津は泣きたくなった。
 母と決定的に対立したときでさえ、涙は出なかったのに、身元がしっかりしてない、と言われたとたんに、グサッと来た。
 私って、何だろう?
 真路は結婚するようなことを言っているが、絵津はあまり当てにしていなかった。 人の心は変わる。 まだ二十歳そこそこの男の子に、人生の重大決断ができるのか。


 喉に塊がこみ上げてくる前に、絵津はさりげなく真路の腕を外し、改めて彼の首に抱きついて頬を重ねた。
 あまり積極的に寄り添ってこない絵津が、不意に密着してきたので、真路は驚いていた。
「どした?」
「真路って優しい。 愛してるよ〜」
 絵津はささやき声に笑いを含ませた。 本当の気持ちだと悟られないように。
 真路の肩が、腕の下でかすかに強ばった。
 だが、返ってきた答えは、いつものように軽かった。
「じゃ、遠慮はなしってことで、いいな?」
「うん、お世話になります」
「お世話はしねーよ」
 真路は、絵津を抱えたまま、ベッドに背中から倒れた。
「ただ一緒にいるだけ。 もうずいぶん慣れたよな。 気楽にやっていこうよ。 な?」









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