表紙

月とアルルカン 43


 二分ほど歩いて、瑠名は表通りに出た。
 そこで振り返り、念入りに道を確かめた。 莉亜の姿はない。 ほっとしたとたん、足が軽くなった。 スキップするような足取りで、瑠名は別の横道に入り、公園へ急いだ。


 石神井川の横に、閑静な公園はあった。 中に入って、ボート乗り場の近くまで行くと、ベンチに座っていた長い脚が、勢いよく立ち上がった。
 瑠名は一杯に笑顔を浮かべ、子供のように駆けていった。 二人はドシンとぶつかり、腕を思い切り巻きつけて固く抱き合った。
「うまくいった?」
 耳元で、一ノ瀬の笑いを含んだ声がした。 瑠名は体全体で頷き、彼の背中に回した腕に力を込めた。
「莉亜のしたこと全部話した。 特に叔父さんがすごく怒ってたわ。 莉亜ったら、困ってる女の友達に貸すからお金を出して、みたいなことを言ったらしいの。 だから、許せない嘘だって」
「うちの親父には有りがたい金だったんだろうけど、俺には最悪だった」
 そう呟くと、一ノ瀬は瑠名の額にキスした。
「代金の回収が早くできてよかった。 利子つけて突っ返してやれて」
「激コワだったみたいね」
 瑠名は小さく笑った。
「莉亜、びびってた。 これまでずっとちやほやされてきたから、迫力で脅されて相当びっくりしたんだと思う。 元気なかったわ」
「半分本気だった」
 一ノ瀬は打ち明けた。
「あいつ、むかつく」
 口には出さないが、瑠名もそう思った。
「早めに、うちの親や恵楽亭の伯父さん伯母さんに本当のこと話しておかないと。 莉亜から先に告げ口されたら、またゴタゴタしそう」
「恵楽亭、辞めないでよかった。 せっかく紹介してくれたけど、もう行けないと思った。 瑠名ちゃん思い出すのが辛くて」
 声が濁った。 瑠名は、そっと一ノ瀬の肩に顔を寄せて頬をすりつけた。
「また手伝いに行くわ。 少しでも長く一緒にいたいから」
「俺ってバイトばっかりだもんな」
 溜め息をつくと、一ノ瀬は身をかがめて、今度は鼻の頭にキスした。
「ただ、卒論が終わったら、少し楽になるかも。 そしたら、どこ行きたい?」
 瑠名は考えた。
「うーん、春だから植物園とか。 動物園や水族館もいいな。 でも基本、諒さんと行くならどこでもいい」
 顔が更に下がって、口と口が触れ合った。
「俺、本気だから」
「ん?」
「洲川さんに言ったこと。 何年かかっても、瑠名ちゃんを嫁さんにする」
 そのまま、本格的な口づけに入った。
 ぼうっとしたひとときが過ぎて、瑠名が目を開けると、頭の上で木立が回っていた。
「なんか……くらくらする」
 ぎゅっと体に押し付けて、一ノ瀬は呟いた。
「こっちのほうが、ずっとくらくらするよ」
 それから、一大決心で瑠名を少し遠ざけた。
「春休みになったら、二人で旅に行こう?」
 二人で旅に出て、ひとつになろうという誘いだった。
 ふっと兄の顔が頭をよぎった。
 なんで親じゃなく、兄の幸隆なんだろう。
 その顔は、どこか満足そうに、そしていたずらっぽく笑っていた。 いつまでもガキ、とよくからかっていた妹が、ようやく名実共に大人になるのでホッとしているように見えた。
 瞼を閉じて、瑠名は冬の弱い陽射しが顔を包むのを肌で味わった。
「うん。 行こうね。 二人で。 二人きりで」
 親は許してくれるだろうか。 一ノ瀬をじかに見れば、きっとわかってくれるに違いない。 瑠名は、確信を持って、そう信じた。



〔終〕


(エピローグにつづく)



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イラスト:アンの小箱
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