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月とアルルカン 1
瑠名〔るな〕は、モカのカップをテーブルに置いた。 それから、大きな黒い布バッグを開き、明日締め切りのレポートを引き出して目を通していると、軽く肩を叩かれた。
「待った?」
「いや、そんなでも」
横の椅子にストンと腰を落とした美並〔みなみ〕は、ひらっと手を振って、すぐ後から坐ろうとしている男子を指し示した。
「連れてきちゃったけど、いや?」
「いやじゃないですよー。 こんちは、ショータッチ」
「ほら、覚えてるやん」
ショータッチこと門井昌太朗〔かどい しょうたろう〕は、嬉しそうに額に手をかざして、軽く敬礼した。
「お久しぶり、ルナ姫」
「姫じゃ、ありません」
瑠名は、ありません、のところで少し声を強くした。
昌太朗は眉を軽く八の字に上げて、ニヤッと笑った。
「だって、姫って雰囲気だよ、芦沢〔あしざわ〕さんは。 こう、おっとりしてて」
「動作がトロいだけ」
そこへウェイトレスが来たので、美並は紅茶と苺シュークリーム、昌太朗はコーヒーとチョコベーグルを注文した。
三人がたむろしているのは、瑠名の通う大学近くのカフェ『リックラック』だ。
星波〔せいは〕学園大学は、女子大の老舗として、杉並区にどっしりと腰を据えていた。
交通の便がよく、都心に近い、というのは、学生集めの好条件だ。 しかも、学費が高く、そこそこ程度も高いとなれば、名門お嬢様学校と囃されて不思議はなかった。
よその大学に散っていった高校の友人たちと待ち合わせするにも、星波学園近くは便利な場所だった。
苺シューが来ると、ぷくっとはみ出たピンク色のクリームを満足そうに眺めながら、美並が口を切った。
「あの、今日会いたいって言ったのはね」
「ん?」
「実はこの人なの」
『この人』を親指で指して、美並はその手をティーカップに移した。
瑠名は、レポートをバッグに戻してから、昌太朗を不思議そうに眺めた。
「私に用事?」
「そう」
コーヒーカップが胸にすれてカチャカチャいうほどの勢いで、昌太朗は前に身を乗り出した。
「あのさ、確か去年の今ごろ言ってたよね。 気の重い新年会があるって」
「ああ……」
陶器のようになめらかな瑠名の額に、薄い皺が入った。
「芦沢会のことね」
「うん、外国のパーティーみたいに、必ず男子連れてくんだろ?」
「男の子のほうが瑠名をエスコートしてくのよ」
美並が訂正を入れたが、昌太朗は聞きもせずに、ひたすら瑠名に話しかけた。
「でさ、去年言ってたよね? 三年連続で違う子連れてって、もうストックないって」
たしかストックとは言わなかったはずだ。 瑠名は苦笑しかけて、慌てて下を向いた。
「ちょっとジンクスがあってね。 芦沢会に出ると、必ず気まずくなっちゃうの」
「他の女子に拉致られるんだよねー」
美並が、ずばりと言った。
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イラスト:
アンの小箱
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