表紙

月とアルルカン 40


「お父さんに資金を出した人、もしかしたら洲川〔すがわ〕の叔父さん?」
 不自然な間が開いた。 それで、答えを聞かなくても瑠名にはすべてわかった。
「そう……。 あの子がここまでやるとは思わなかった」
 瑠名は決然と顔を上げた。 本気で怒ったときの癖で、右手で左手を白くなるほど握りしめていた。
「金額、教えてくれる?」
「いや」
 焦った口調になって、一ノ瀬はうなだれていた首をもたげた。
「君を巻き込む気なんか……」
「うちが一ノ瀬さん家を巻き込んだんじゃない!」
 思わず、瑠名の声が高くなった。
「下らない意地の張り合いで、諒さんに嫌な思いさせたんじゃない。 もう我慢できないわ。 叔父さんと会って、これまでのこと全部話す」
 一ノ瀬は明らかに当惑した。
「でも、金受け取った後だし」
「返せって言われたら、私が弁償する」
 一ノ瀬の顔が、激しく強ばった。
「そんなの駄目だよ!」
「私の責任だもの! 学資の積み立てを崩して払う」
「そんなこと……」
 荒々しく立ち上がると、一ノ瀬は髪に手を入れて、乱暴にかき混ぜた。
「百二十四万だよ。 簡単に言うなよ」
 貯金は一千万円以上ある。 瑠名は密かに胸を撫で下ろした。
「洲川の叔父さんは話のわかる人だから、すぐに返せとは言わないと思う。 それより問題は莉亜だわ。 私に意地悪してるだけならまだいい。 周りに迷惑かけるようになったら、もうお終いにさせなくちゃ」
 髪から腕を下ろし、一ノ瀬が辛そうに呟いた。
「俺のやり方が悪かったんだな。 あの子に恥かかせたから」
 そうだろうか。 瑠名は内心首をかしげた。 莉亜が一ノ瀬を憎んだら、こんな回りくどいやり方は取らなかったような気がする。 二人を引き離すためとはいえ、 一ノ瀬の工場を助けてるんだから。
 そこで、瑠名は思い出した。 摩利と文子が言っていたことを。
 芦沢家のキッチンから、莉亜が一ノ瀬を誘惑するのが見えたと、二人はほのめかしていた。



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イラスト:アンの小箱
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