表紙

月とアルルカン 38


 瑠名は顔をそむけて、たそがれが迫る外に目をやった。 だが実際には、何も見えていなかった。
「それで、思ったとおりになったのかな。 やっぱり苦労知らずじゃ駄目だって」
「さあ……」
 あいまいに、昌太朗はまた首をかしげた。


 一ノ瀬からせしめた五万円を、昌太朗はもう使ってしまっていた。 どっちみち、返すと言っても受け取らないだろうと、瑠名は思った。
 三十分ほど話して、昌太朗と別れた。 立ち去り際に、彼は少しもじもじした後、小声でこう言った。
「やっぱアイツ、マジで瑠名ちゃんに惚れたんだと思うよ。 アイツにしてみれば、五万は大金だもん」
 でも幻滅して別れるのなら、ただの捨て金だ。 瑠名はふと涙ぐみそうになった。
「いいわよ、慰めてくれなくても。 芦沢会に行ってもらって、私も助かったんだから」
「うん、そうだよな……あ、美並にはこのこと言わんで。 な? 頼む、この通り」
 おがみ倒されて、瑠名は仕方なく承知した。


 昌太朗が帰った後、瑠名はマンゴープリンを注文して、しばらくぼんやりしていた。
 ピエロの出番は四時半に終わる。 その後、一ノ瀬は約束を守って待っていてくれるだろうか。
 初めて、瑠名は時間に遅れていこうと決めた。 彼があっさり帰ってしまえば、諦めがつく。 瑠名は携帯を取り出し、ショッピングのサイト巡りを始めた。


 五時少し前、すっかりたそがれた街を、瑠名は鈍い足取りで歩き出した。 道は、夕飯前の買い物に来た人々や自転車で賑やかだった。
 舗道を曲がるのに、勇気が要った。 すぐに広場が見えてくる。 小さなテントを片づければ、そこはただ、ベンチと花壇と水飲み場があるだけになってしまう。 ピエロたちの作った仮想空間が消えて、ただの日常が腰を据えているだけの。
 一之瀬は、きっといないだろう。 瑠名は半ば確信していた。
 だから、街灯の傍にあるベンチで、彼が長い脚を組んで文庫本を読んでいるのが見えたとき、思わず立ち止まってしまった。

 次いで、足が勝手に動き始めた。 急に身が軽くなり、気持ちが前に前にと体を押し出した。
 走ってくる軽い足音に気付いて、一ノ瀬が顔をこっちに向けた。 その表情が、強く引き締まった。




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イラスト:アンの小箱
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