表紙

月とアルルカン 36


 最初あっけに取られていた見物客が、やがてざわめき、ヒューヒューという冷やかしの口笛が飛んだ。
「仲良しなのはいいけどさー、仕事しようぜ〜」
「いいじゃないの、新年なんだから、めでたくて」
 白いピエロが、慌てて近付いてきた。
「おい、一ノ瀬、もうその辺にしとけ。 両思いになったのは、ほんとにめでたいけどな」
 菱形模様の服を着た一ノ瀬は、唇を噛んで立ち上がろうとした。 その耳に、瑠名は急いで尋ねた。
「ここ何時まで?」
「四時半」
 低い囁きが聞こえた。 瑠名は不安定な彼を腕で支えるようにして、素早く囁き返した。
「その前に戻ってくる。 ここにいてね。 もうどこにも行かないで」
「……わかった」
 覚悟を決めたように、一ノ瀬は答えた。


 肩からずり下がったバッグをかけ直すと、瑠名は一ノ瀬に小さく手を振り、白いピエロにも軽く頭を下げた。 どうやら彼は瑠名に悪ふざけしていたわけではなく、一ノ瀬に注意を向けさせようとしていたらしいと気付いたからだ。
 白いピエロは、大きく描いた口を更に広げてニンマリと笑い、モミジのように両手の指を大きく開いて挨拶を返してくれた。


 木枯らしの吹く通りを小走りで行く瑠名の心は、喜びと不安で揺れ動いていた。
―― 一ノ瀬さんは、あの広場にいた。 火曜と木曜、授業のある日は、私をあそこで見ていた――
 そう思うと、胸に暖かいものが溢れた。 鼻までツーンとしてきた。
 だが、嬉しがってばかりはいられなかった。 まだ何も解決したわけではない。 なぜ一ノ瀬が不意に瑠名の前から姿を消そうとしたか、全然わかっていないのだから。
 足元が定まらない感じで歩いている内、間もなく目的のカフェが見えてきた。


 窓の外を通るとき、中をひょいと覗くと、昌太朗はもう来ていた。 ひとりで、つまらなそうに鼻の頭をこすっている。 ほっとして、瑠名はもう一度バッグのベルトを肩に上げ直し、店の中に足を踏み入れた。





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イラスト:アンの小箱
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