表紙

月とアルルカン 35


 面と向かってとっちめなくては、気が済まなかった。 それに昌太朗の場合、目や表情を見て話さないと、またごまかされそうだ。 瑠名は何としても、真実を聞き出したかった。


 青のショルダーバッグをしっかりと脇に抱えて、瑠名は二時四十分に阿佐ヶ谷駅を出た。
 陽射しはあったが風が冷たく、しかも時おり強く吹いていた。 ジャケットのボタンを一つ余計に留めてから、瑠名は気を引き締めて、早足で歩き始めた。
 昌太朗のこと、一ノ瀬のこと、思いはあちこちに飛び、周りなんか見ていなかった。 そのため、アーケードを出たとたん、竹馬を履いたピエロが広場で揺れ動いているのを発見して、不意打ちをくらった。

 販促用の大道芸は、年末で終わったとばかり思っていた。 しかし、彼らは確かに目の前にいて、おまけに結構な人だかりがしていた。 評判がよかったから、継続して新年大売出しに雇われたのかもしれない。
 困ったな……。 瑠名は顔をしかめた。 アーケードを出たらすぐ広場だから、脇道に逃げることができない。 引き返すと遅くなるし。
 よく見ると、不幸中の幸いで、いつもちょっかいをかけてくる方のピエロは、こっちに背中を向けていた。 青と黄色の菱形模様の服を着た相棒と、金色のバトンを投げ合っている。
 今のうちだ。 瑠名はフードを背中から上げ、すっぽり頭に被せて、早足で通り過ぎようとした。

 もう二、三歩、というところで、ハプニングが起きた。 菱形模様のピエロが、バトンを受け取りそこねたのだ。 金色の棒はスピードをつけて、高く宙に舞った。
 瑠名の斜め前にいた男の子が、とっさに反射神経よくパッとよけた。 そのせいで、バトンは瑠名の肩に当たり、ピシッという音を立ててフードを弾き飛ばした。
 白いピエロが、かん高い声を上げた。
「すいませーん。 こいつドジで!」
 詫びながら、大きな姿がドサドサと近付いてきた。 バトンを拾い上げた瑠名は、白いピエロの影が落ちてきたのを見て、思わず逃げてしまった。

 ピエロは、当惑して足を止めた。
「あれ? なんでー?」
 瑠名のほうも困っていた。 バトンを渡してから逃げればよかった、と後悔したが、後の祭りだ。 仕方なく、もう一人のピエロに歩み寄り、背伸びしてバトンを差し出した。

 青と黄色のだんだら模様の服をまとったピエロは、顔も縦半分に青と黄色で塗り分けていた。 だが、目は塗るわけにはいかない。 睫毛の長い二重瞼の瞳が、地上二メートル三十センチの高さから、瑠名をじっと見返した。
 真ん中で色分けした唇が、小さく痙攣した。 母親に寄りかかって見ていた少女が、不思議そうに尋ねた。
「ねえ、なんでピエロさん受け取らないの?」

 瑠名は瞬〔まばた〕きした。
 ピエロは二人。 たいてい二人で色々な芸をしていた。 だが、一人でやっていたこともある。 そのうち一度は、宣伝芸を始めた初日だった。
 そしてその日、ピエロは銀の輪を落とした。 輪は瑠名の近くへ飛んできた。 今とまったく同じに。
 兄の言葉が、唐突に脳裏を横切った。
『失敗するときって、たいてい気が散ってるんだよな。 ほら、野球選手なんかが、家族が来ると打てなくなるって言うだろ?
 俺がジャグリングのミスするの、たいてい見物人の誰かが気になってるときでさ、おまけに必ずそいつのところに飛んでくんだよ、不思議なことに』

 この眼は知ってる、と、瑠名は思った。 見間違えるはずがなかった。
 とたんに瑠名の体も震え始めた。 胸がしびれるように熱くなって、ただ夢中で、もう片方の腕も差し出していた。
「……諒さん! ここにいたの? ここで私のこと、見てくれてた?」

 青と黄のピエロは、わずかによろめいて横にかしぎ、必死で体勢を立て直した。
それから、グッと膝を曲げると、瑠名に覆いかぶさるようにして、激しく抱き締めた。





表紙 目次文頭前頁次頁
イラスト:アンの小箱
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送