表紙

月とアルルカン 34


 恋……
 瑠名は、その文字だけを見つめ続けた。
 終いに目の前がチカチカして、画面が揺れ始めた。
 そのままベッドに腰を下ろそうとして目算を誤り、ずるっと床に座りこんでしまった。 衝撃で、いつの間にか一杯になっていた涙が頬に流れ落ちた。

 恋なんだ、と、瑠名は心の中で呟いた。 そしてもう一度最初から、揺れる画面をたどって読み直した。
 本気で別れたい相手に、こんなメールは出さない。 胸がはじけるほど嬉しいけれど、瑠名には矛盾だらけの文面に思えた。
 話をする前から好きだった、というところが、特に引っかかった。
――前から私のこと知っていた? そんなの聞いてない――

 ……聞かされてないだけかも。

 バッと、瑠名の顔が上がった。 そもそも、諒さんのエスコート話を持ってきたのは? 金を瑠名から受け取るとき、なんかコソコソしていたのは?
 ショータッチだ!


 指の跡がつくほど強く携帯を握りしめ、瑠名は昌太朗の番号を探した。
 昌太朗は、すぐ電話に出た。
「ハーイ、瑠名ちゃん? その後どう? オレ、一ノ瀬に感謝されちったよ。 うまく行ってる?」
 瑠名は震える息を吸い込んだ。 まだ昌太朗は一ノ瀬の激変を知らされてないらしい。
 こうなったらショック療法が一番効きそうだ。 瑠名は乾いた唇を湿らせてから、ずばりと切り込んだ。
「ねえショータッチ、本当のこと言って。 一ノ瀬さんはバイトをしたかったんじゃなくて、私に会いたかった。 会って話をしたかった。 そうなんでしょう?」


 ギクッとした沈黙が後に続いた。 静かになると、賑やかな話し声がかすかに伝わってくる。 昌太朗は、学食か盛り場のような場所にいるらしかった。
 やがて、別人のようなモグモグした声が小さく聞こえた。
「ばれた? アイツ話した? しょーがねーなぁ。 だって、言い出したのアイツだよ。 瑠名ちゃんと知り合えるなら経費払ってもいいって、あっちが言ったんだよ」

 経費!
 瑠名は、勢いをつけて床から立ち上がった。
「ショータッチ! あなた、一ノ瀬さんからお金取ったの?」
 昌太朗は防戦一方になった。
「えー知らなかった? いや、だってさ、出会いのセッティングしたわけでしょ? 手数料頂くのは当然じゃない」
「私からも取った」
「いやあれは……ついでと言うか」
「詳しく聞きたいわ」
 瑠名は厳しく畳みかけた。
「どこかで会おう。 逃げちゃだめよ。 ごまかしたら、美並に言っちゃうからね」
 昔から、昌太朗は美並に頭が上がらない。 息切れした溜め息が聞こえた。
「わーったよ。 じゃ、えーと、明日の午後あいてる?」
「ええ」
「じゃ、三時に『リックラック』で」




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イラスト:アンの小箱
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