表紙

月とアルルカン 33


 メールに気付いたのは、水曜日の朝だった。 昨夜遅くに、一ノ瀬から入っていた。
 朝食の前に確かめなかったのは、やはり不安があったからかもしれない。 いったん部屋へ戻ってから、ほとんどおそるおそる、瑠名は強ばった指を動かしてメールを開いた。


 ある程度覚悟を決めていても、最初の三行はとても信じられないものだった。

『ごめん。 もう瑠名ちゃんに会えなくなった。 俺のことは忘れてください』

 危うく携帯を落としそうになって、瑠名はベッドに放り投げた。 細長い器械が突然蛇になって、指にからみついた気がした。
 俺のことは忘れてください……
 もう二度と会わないという別れの言葉だった。
 全身から力が抜けた。 瑠名はベッドの端にしょんぼり腰を落とし、泣こうとしたが、涙が出てこなかった。
 彼で四人目。 しかも、これまでの三人が離れていったのは、原因が莉亜だとわかった。 莉亜のウソを暴いたのは、一ノ瀬その人だった。
 じゃ、一ノ瀬さんは……諒さんは、なんで去っていくんだろう?

 次第に、じりじりと胸が痛んできた。 炙〔あぶ〕られているような苦しさで、じっとしていられなくなった。
 瑠名は、荒々しく立ち上がって部屋を出ようとした。 だが、戸口近くで携帯をつけたままにしているのを思い出し、引き返した。
 切ろうとしたとき、画面が視野をかすめた。 まだ続きがある。 読みたくなかった。 どうせ言い訳ばかりなんだから。
 消去してしまおうか。 指が携帯の上で揺れた。 だが、自制心が勝った。 一ノ瀬からの最初で最後のメールなのだ。 きちんと全部読んで、けりをつけたほうがいい。 メールにも、自分の気持ちにも。

『ごめん。 もう瑠名ちゃんに会えなくなった。 俺のことは忘れてください。
 瑠名ちゃんは素晴らしい人です。 俺なんかよりずっといい男に、必ず逢えます』

 何なの、このフォロー。 一ノ瀬さんなりに気を遣ってるの?
 瑠名は口を押さえた。 胃液が喉下まで上がってきた。 もう読むのをよそうかと思ったが、ほとんど自虐的な気持ちで、最後まで目を通した。

『……俺には君に近付く資格はなかった。 嫌な気分にさせて、つらいです。
 でも俺は、これまで君を傷つけた奴らとは違う。 わかってくれていると思います。
 話をする前も好きだったけど、知り合ってからは半端じゃなく好きになりました。
 こんな恋をすることは、もう二度とないと思います』


 小さな画面に、瑠名の目が吸い付いた。
 ……恋? 好きって、話をする前も好きだったって、どういう……こと?


 このメールは、別れの手紙というだけではなかった。
 それは、深い愛の告白だった。




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イラスト:アンの小箱
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