表紙

月とアルルカン 32


 二度目のキスが終わると、二人の足は急に軽くなった。 もう別れを不安がる必要はない。 また逢える。 いつでも声が聞けるんだ!
「今月はずっとバイト?」
「うん、ぎっしり入れちゃったから」
「顔を見に、恵楽亭へ手伝いに行こうかな。 次に行くのは何日?」
「ええと」
 一ノ瀬は携帯を引っ張り出した。
「ちょうど一週間後。 あ、でも木曜の午前が空いてるよ」
「ほんと?」
「うん、確かこの時間は……」
 一之瀬は、スケジュールのブランクを思い出そうとして、額に皺を寄せた。
「そうだ、ブティックの開店で商品を運び込む予定が、延期になったんだ」
「その日、どこかで会えるかな?」
 瑠名は真剣に訊いた。
 ちょうど道のカーブしているところにさしかかって、表通りの雑踏が見えてきた。 一ノ瀬は携帯をポケットにしまい、瑠名の手を強く握り直した。
「どこがいい?」
「どこでもいい。 一ノ瀬さんの行きやすいとこ」
「俺の?」
 そう訊き返して、一ノ瀬は眩しそうに笑った。
「ヤローの友達ばっかしだから、ろくな所行かないよ」
 それから、少し声を低くした。
「一ノ瀬って呼ぶの止めて、諒〔りょう〕にしない?」


 今度眩しげな表情になったのは、瑠名のほうだった。
 前から呼んでみたかった。 いい名前だもの。 また心の距離がグッと近付いた。
「じゃ、諒さんが場所決めてね。 私はまだ大学が始まらなくて、どこでも行けるから」
「うん、明後日までに決めて電話するよ」
 駅構内に入るときも、二人はまだしっかりと手を繋いでいた。


 月曜日と火曜日の午前中は、羽が生えたように飛び過ぎていった。
 少し気がかりになってきたのは、火曜日の夕方ごろだった。 てきぱきした一ノ瀬なら、デートの場所ぐらいすぐに決めて連絡してきそうなものだが、まだ電話が来ない。 もしかすると予定を間違えて、木曜日には仕事が入っていたとか……。
 それならなおさら、早めに言ってくるだろう。 何かあったんだろうか。 瑠名はじわじわと、嫌な予兆を感じ始めていた。





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イラスト:アンの小箱
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