表紙

月とアルルカン 29


 気持ちがだいぶ静まってから、瑠名は一ノ瀬と手を取り合って居間に入った。
 すると、室内の空気が微妙に変わっていた。 男子達は気まずそうに視線を逸らすし、女子は逆に一ノ瀬を睨み返してきた。 彼女たちが、しょんぼり坐っている利亜を護るように取り囲んでいるのを見て、瑠名はすぐ悟った。
――まただ。 また莉亜が自分に有利なように、話を作ったんだ――
 祖父の肇が低く咳払いして、口を開いた。
「なあ君、一ノ瀬くんだったかな? せっかく孫たちが集まってくれて、和気あいあいと過ごしているんだから、水を差すのはやめてくれんかな」
 一ノ瀬がストレートに言い返そうとしたので、瑠名は急いで彼の手をギュッと握って合図し、きっぱりと答えた。
「それは誤解よ。 一ノ瀬さんは何もしてません」
 白くなりかけた眉の下で、肇の視線が鋭さを増した。
「じゃ、なぜ莉亜の手首が赤くなってるんだ? 無理やりキスされかけたと、あの子は言ってるんだが」
 瑠名は、開いた口がふさがらなくなった。 まったく、どこまで自己チューなんだ!
 つないでいる一ノ瀬の指が震え出した。 怒りで爆発寸前なのだ。 止めなくちゃ! と瑠名が頭を振り向けたとき、背後から摩利がヒョイと顔を出して言った。
「あれ、莉亜ちゃん、その逆でしょ? 莉亜ちゃんが迫ってたんじゃない。 キッチンの窓から、丸見えだったよ」

 また空気がガラッと変化した。 莉亜はみるみる顔を赤らめ、立ち上がって金切り声で抗議した。
「何言ってるのよ! 私がなんでこんな人に!」
「焦んなくてもいいわよ。 気持ちわかる。 かっこいいもんね。 背高いし男前だし〜。 それに、ハートも男前だし。 ね、お母さん?」
「そうね」
 グラスを盆に入れて持ってきた文子が、穏やかに莉亜をたしなめた。
「忘れないでね、莉亜ちゃん。 今日はお義父様が開いた新年会なのよ。 お正月なんだから、なごやかにしましょうよ」
「伯母様ひどい!」
 赤かった莉亜の顔色が白くなった。
「なんで私だけに言うの? だから悪いのはあっちなんだって!」
「そうかな」
 文子の声が、いくらか冷ややかになった。
「私もキッチンから見てたんだけど、とてもそうは思えなかった」
「いいわよ、もうっ」
 憤然とバッグを取ると、莉亜はBFの小清水洋平に呼びかけた。
「帰ろ。 誰も私のこと信じてくれないなんて、ひどすぎる」
 小清水は、面倒くさそうにソファーからダラダラ立ち上がると、それでも一応誰にともなく頭を軽く下げた。
「じゃ、どうもー」


 二人が出ていった後、香織がハーッと息をついて椅子から立ち、照れた表情で一ノ瀬を見た。
「ごめん、あの子が昔から想像力ありすぎだったの、忘れてた」
 一ノ瀬も肩の力を抜き、ちょっと微笑み返した。 緊張がほぐれたところで、摩利が明るく呼ばわった。
「お昼の支度、終わりましたー。 たくさん食べてね、みんな!」




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イラスト:アンの小箱
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