表紙

月とアルルカン 28


 それは、写真屋に持っていってもプリントしてもらえない種類の写真だった。
 裸の女の子が、青いソファーの上にポーズを取って横たわっている。 下からすくい上げるように見上げた顔が、驚くほど瑠名に似ていた。
「嫌だ……信じられない」
 何がなんだかわからない内に、言葉が口をついて出た。 一ノ瀬は、逃げようとする莉亜を軽々と引き戻して、厳しい口調で言った。
「もちろん君じゃない。 見た瞬間にわかった。 ネットか雑誌で似た顔のを探したか、自分で合成したかだろ。 こんなの見せて、君が前付き合ってた男に撮らせた写真だなんて言いやがってさ」
「なんでそうじゃないって言い切れるわけ?」
 どうしても振り離せないとわかると、莉亜は逆切れした。
「瑠名はいい子ぶってるだけよ! 裏で何やってるか、本当にわかるの?」
 ぞっとして、瑠名は莉亜を思わず睨んだ。 この子はこんな写真を、瑠名が大事にしていた友達の男子にこっそり見せていたのか!
 せめて一ノ瀬は言いくるめられないでほしい。 瑠名が必死で上げた目を、一ノ瀬は正面から受け止めて、小さく頷いてみせた。
「わかるんだよ、ちゃんと。 友達の手伝いで、スチール撮影のレフやったことがあるんだ。 こんなふうに全身に光を当ててきれいに写すのは、プロの仕事。 スタジオで撮らないと、こうはならない」

 論破された莉亜は、一瞬言葉に詰まった。
それでも、まだ引っ込もうとはしなかった。
「そ……そんなら、バイトでモデルやったかもしれないでしょ?」
「あれ、さっき言ったことと違うじゃないか」
 一ノ瀬の目が鋭く尖った。
「生活に困ってない瑠名ちゃんが、バイトでこんなモデルって、ありえないだろう。 自分で言ってて萎えないか? おまえほんとに、いいかげん恥かしく思え」

 一ノ瀬は、決して怒鳴り声は出さなかった。
 それだけに、余計怖かった。 莉亜は唇を小刻みに震わせ、腕をもぎ離そうとジタバタ暴れ始めた。
「放してやって。 噛みつくかもしれないから」
 瑠名の言葉にちょっと驚いて、一ノ瀬の指が緩んだ。 すぐに莉亜は横っ飛びに動き、泣きながら居間に駆けこんでいった。


 写真をくしゃくしゃにしてポケットに入れると、瑠名は一ノ瀬に礼を言おうとした。 だが、急激に胸が迫ってきて、声が喉につかえた。
「ありがと……う……信じてくれて……」
 今しがたまで莉亜を鉄のように掴んでいた一ノ瀬の手が、ふわっと瑠名の背中に回って抱き寄せた。 瑠名は、彼の脇にもたれ、肩に無言で顔を埋めた。
 こんなふうに人に寄りかかったのは、幼い子供の頃以来だ。 若かった父の胸で再び慰められているような、不思議な感覚がした。




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イラスト:アンの小箱
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