表紙

月とアルルカン 26


 手にした紐を、一ノ瀬はまじまじと見つめた。
 それから顔を上げて、小さな声で言った。
「やった」
 そして、テーブルを回って瑠名のところへ行こうとした。 が、男子達に文子伯母まで混じって見物していて、横は満員だった。
 通り抜けるのが難しいと見てとると、一之瀬はいきなりテーブルに手をかけて軽々と跳び越え、瑠名の横に着地した。
「やったよ!」
「うんっ!」
 瑠名も想像以上に嬉しかった。 二人が勢いあまって、ひしと抱き合うのを、周囲は羨ましそうに眺めた。
「よーし、俺たちも当てるぞー!」
 色白の求が顔を紅潮させて吠えた。 マキシムベルのラメ入りニットドレスを着た彼女がクスクス笑った。 二人の手が同時に紐を掴み、合図と共に引いた。
 一呼吸遅れて、しっかりとクラッカーが鳴った。
「くそーっ!」
 いったんテーブルに手をついてうなだれたものの、求はすぐGFに手を伸ばして、テーブル越しに握り合った。
「俺たち赤い糸がないってわけじゃないよ。 くじ運がないだけ。 な? ゲームなんだから」
「わかってるって」
 彼女のほうは、割り切って平気な顔をしていた。

 ブービーは、莉亜と、ハンサムな連れだった。 まだ一ノ瀬に肩を抱かれたままの瑠名に、香織が囁きかけた。
「あの人、タレントなんだって。 知ってる?」
 瑠名の代わりに、一ノ瀬が答えた。
「小清水洋平〔こしみず ようへい〕かな」
「そうそう、そんな名前だった」
 それほど有名ではないらしい。 親の教育方針でほとんどテレビを見ない瑠名は、全く顔を知らなかった。
 正直に言うと、小清水洋平なんかどうでもよかった。 一ノ瀬にギュッと抱きしめられたときの感覚が全身に残って、足元がフワフワしていた。
 しかも、彼の腕は今でも瑠名の背中を巻き、後ろから支えている。 苦手な芦沢会の集まりで、初めて瑠名は幸せな気分だった。 守られているという心地よい実感があった。

 タレントと莉亜は、特に慎重に選んでいた。 あまり長いので、摩利がしびれを切らして、やんわりと催促した。
「もうそろそろ、決まった?」
「ちょっと待って」
 苛ついた調子で言いながら、莉亜は何本もせわしなく触った。 後ろで見ていた求が、遠慮なく言った。
「引いて試すなよ」
「そんなことしてない!」
 言い返したものの、莉亜は慌てて手を引き、どうにか一本に絞った。
 そんなに時間をかけたのに、結果はやはり、クラッカーで終わった。

 最後に引いた摩利と清人が、残り一本の『赤い糸』をあっさりと当ててしまったため、テーブルの周りはいきなり騒がしくなった。
「これはまずいだろう。 作った人間が当たるなんて、それこそ当たり前だろう!」
「当たり前田のクラッカー」
「何それ?」
「古〜いギャグ。 でも、うちでは現役」
「どっちみち、私んちで買った賞品なんだから」
 開き直った後、摩利は笑い出した。
「私は知ってたわよ、確かに。 でもね、清人くんは全然知らないで当てたんだから、確率は、えーと、七分の一あるもん」
「それにしても、納得できねー」
「赤い糸までいかなくて、ピンクぐらいってことで」
 香織が笑いながら取りなして、その場は丸く収まった。



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イラスト:アンの小箱
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