表紙

月とアルルカン 25


 曲が終わり、みんなが拍手しているところで、ドアが開いて、ひょろっとした青年が女の子連れで入ってきた。 この家の長男、摩利の兄の耕太だ。 一緒の子は、つるんとした無邪気な幼な顔で、白い毛皮のついたベビーピンクのツーピースを着ていた。
「お兄ちゃん、遅い」
 母と共に奥の大テーブルを忙しくセットしていた摩利が、陽気に声をかけた。 耕太は首をすくめて、頭をぴょこぴょこ下げた。
「わるい。 すみません、おじい様。 買い物してたら、時間忘れちゃって」
「そちらさんは?」
 祖父の声に、耕太は急いで説明した。
「佐島美佳子〔さじま みかこ〕ちゃんです。 K学院三年生」
 渋谷にあるお嬢様向き中高一貫校だ。 それを聞いて、莉亜の連れが小さく呟いた。
「中学三年じゃねーの、あれ」
 莉亜がプッと噴き出した。

 今年は参加者が少ないといっても、連れを加えると十二人になった。 肇の周りは一杯で、耕太が美佳子と坐る椅子を壁際から持ってきていると、準備し終わった摩利が一同に呼びかけた。
「さあ、それでは新年お祝いプレゼントの時間でーす。 こっち向いて」
 みんなが振り向くのを待って、摩利は胸に片手を当て、手品師のように一礼した。
「今年はコンセブトを変えまして、ゲーム形式にしました。 題して、『赤い糸つながり』〜。
 こっち側と向こう側に、それぞれ紐が出ております。 こっちが男子用で、向こうが女子用ね」
「トイレか!」
 さっそく野次が飛んで、笑い声が上がった。 摩利もニヤニヤしながら、右のソファーを睨んだ。
「こらー、黙って聞きなさい、清人〔きよと〕くん。
 えーと、それで、向かい合って紐を一本ずつ選びます。 で、同時に引っぱる!」
 摩利は紐を手にして、勢いよく引くふりをした。
「外れだと、この」
と、紐の出ている大きな箱の上部を指して、
「クラッカーが鳴ります。 これは、『フツーで賞』ね」
 摩利の手が、横に積み重ねたプレゼントの箱を示した。
「当たりだと、二人の紐が一本につながったってことで、『赤い糸で賞』! お二人には豪華特別賞を差し上げます!」
 それは、派手な金色の包装をした丸い箱だった。
「なんで当たりでクラッカー鳴らさないの?」
 清人と呼ばれた男子が不思議そうに訊いた。
 摩利は朗らかに答えた。
「最初はそう作ろうと思ったんだけど、難しかったんだ。 だから、クラッカーを地雷だと思って、やってみて」
「で、赤い糸は何本あるの?」
 ピアノ椅子から立ち上がって、香織が尋ねた。 摩利は、Vサインのように二本指を突き出した。
「二組! 紐は全部で十二組ね」
「六分の一か。 キビシイな」
「それより確率低いんじゃないの? 片っぽが十二分の二で、もう片っぽも同じく十二分の二だから、かけると三十六分の一」
「うわ、キツーッ」
 がやがや言いながら、若者たちはテーブルに集まった。
 そのとき、香織の弟の求〔もとむ〕が、あることに気付いた。
「これって、誰も当たらないかもしれない?」
「かもね」
 摩利は澄まして答えた。


 男子六人がジャンケンをして、引く順番を決めた。 あいこが多く、上着を脱いだりして、けっこう白熱した。
 その余波で、最初に引くことになった香織の組は緊張していた。 相方の末谷〔すえたに〕という医者の卵は、舌で唇をなめ、何度も迷ってから、やっと紐を手に取った。
「さあ、同時に引いて! 三、二、一、はいっ!」
 引っ張ったとたん、パンパンと音が鳴った。 二人はがっくりして、天を仰いだ。
「だめかー」

 陽気なクラッカーの音が、盛り上がりを誘った。 次は耕太のカップルで、腕まくりして臨んだが、やはり無情な音が響き渡り、大げさにずっこけた。
 三番目は、いよいよ一ノ瀬と瑠名の番だった。 周りはすっかり乗っていて、二人が紐を選ぶと、みんなが摩利と共にカウントダウンを始めた。
「三! 二!」
 テーブルを挟んで、二人の目が合った。 一ノ瀬の深い茶色の眼が、瑠名の瞳に食い入った。
 まともに見つめ合ったのは、これが初めてだった。 不意に、周囲の音が消えた。 景色が薄暗くなり、ただ一ノ瀬の顔だけが、冴え冴えと瑠名の意識を占領した。
「一! はいっ!」
 とたんにグッと引かれた手ごたえがあった。 我に返って、瑠名も反射的に引き戻した。
 紐が、ピンと張って動きを止めた。
 みんなが耳を澄ませた。

 部屋は、静まり返ったままだった。
 クラッカーは、鳴らなかった。




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イラスト:アンの小箱
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