表紙

月とアルルカン 24


 瑠名が、母にことづかってきた老舗の洋菓子を渡すと、文子は喜んで受け取った。
「近江屋の苺ショートね。 これ大好きなの! お父様も喜ぶわ」

 摩利に連れられて二人が居間に入ると、中にいた十人ほどの視線が、いっせいに集中した。
 みんな一ノ瀬を見ているのだと、瑠名にはわかった。 年の近い従兄弟や従姉妹たちの間には、当然ライバル心がある。 どんな相手を連れてくるか、毎年の関心の的だった。
 孫達に囲まれる形でソファーに座っていた祖父の肇が、瑠名に向かって手を上げた。
「よう来た。 新年おめでとう」
「おめでとうございます」
 瑠名はきちんと挨拶した。 隣りの一ノ瀬も頭を下げた。
「こちらは一ノ瀬さん。 兄の後輩」
 幸隆の縁で知り合ったわけではないが、同じ大学だから嘘じゃない。 紋付を着た肇は鷹揚〔おうよう〕に頷き、空いているラブソファーを手で指した。
「W大かね。 なかなかの好青年だな。 まあ、そこに座りなさい」
「失礼します」
 ちゃんとことわって、一ノ瀬はまず瑠名を坐らせ、横に大きな体を収めた。
 斜め前に莉亜がいて、隣りの青年にもたれかかっていた。 彼はなかなかハンサムだが、肘当てのついたカジュアルな上着を着ているのが肇には気に入らないらしく、ときどきチラッと走らせる視線に棘が見えた。

 やがてスパークリングワインとシャンパンが大きな盆に載って運ばれてきた。 酒を飲めない人用にジュースも出されて、一同はグラスを取り、改めて新年に乾杯した。
「新しい年が素晴らしい一年でありますように!」
「乾杯!」
 肇の長い顔が輝く。 若い子たちを従えて音頭を取るこの瞬間が、彼には何より楽しいようだった。


 グラスが片づけられると、従姉妹の香織〔かおり〕がグランドピアノの前に坐った。 彼女はプロのピアニストをしている。 座持ちがうまく、気さくで、従兄弟たちのリーダー的存在だった。
「さあ、何かリクエストしてくださーい。 ただし、ここに楽譜のある範囲でね」
 ポピラー楽曲の譜面が回された。 こういうときは真っ先に発言する莉亜が、すぐ手を上げた。
「はい、はい!」
「どうぞ、莉亜ちゃん」
「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンを」
 それは、肇の好きな曲だった。




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イラスト:アンの小箱
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