表紙

月とアルルカン 23


 スポーツカーは、グイッと左に折れ、芦沢家の駐車場に入り込んだ。 高い生垣で隠れた内部から、車のドアを開閉する音に続いて、派手な声が響いてきた。
「こっちこっち! みんな驚くわよ」
「どうかな。 俺、普段はぜんぜん普通だから」
「えー、目立つよ、とても」
 莉亜〔りあ〕だ。
 来て早々の出会いに、瑠名は気分が重くなった。
――あの子はいつもそうだ。 目立つことばかり狙ってる。 女王さま気質っていうのか…… ――
 そのとき、ギュッと手を握られた。 瑠名は慌てて我に返った。
「着いたよ。 チャイム鳴らす?」
「あ、うん」
 一之瀬は落ち着いてボタンを押した。 すぐに文子〔ふみこ〕伯母の声がした。
「瑠名ちゃん、いらっしゃい。 鍵あいてるから、どんどん入ってきて」
「はい」
 瑠名が答えて、二人は蔦模様の格子門を開き、玄関まで五メートルほどの小道をたどった。

 玄関は広く、吹き抜けになっていて、天井近くの長窓から光が降り注いでいた。 四畳ほどのエントランスには、旅館の廊下のようにスリッパがずらりと並んでいる。
 正面にある応接室のドアから従姉妹の摩利〔まり〕が笑顔で出てきた。 背後から、部屋のざわめきがかすかに聞こえた。
「久しぶりっ。 あ、初めまして」
 後の挨拶は、一ノ瀬に対してだった。
 一之瀬は、淡い微笑を浮かべて挨拶した。
「一ノ瀬です。 こんにちは」
「はい、靴そろえときますから、そのまま入ってくださーい」
 先回りして、摩利はいそいそと手伝った。 一ノ瀬が印象深かったらしい。 確かに彼は、格好いいだけでなく、落ち着いた頼もしい雰囲気があった。
 コートを脱いでかまちに上がったところで、文子伯母も顔を出した。 珍しく和服姿だった。
「来てくれてありがとう。 今年は広和〔ひろかず〕くんがタイに行ってて、おまけに芽衣子〔めいこ〕ちゃんがインフルエンザで、人数が少ないから、お父様ご機嫌斜めなの」
 そう一気に言ってから、文子は暖かい表情で一ノ瀬に微笑みかけた。
「こちらは?」
「一ノ瀬さんです。 W大理工科の四年生」
「よくいらっしゃいました。 四年ですか。 今年は就職大変でしょう? それとも大学院とか?」
「いえ、うちの工場を継ぎます」
「親孝行ね」
 文子は、大きく頷きながら感心した。




表紙 目次文頭前頁次頁
イラスト:アンの小箱
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送