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月とアルルカン 22


 朝の九時きっかりに、玄関のチャイムが鳴った。
 二十分前から支度を整えていた瑠名は、すぐドアを開けて外に出た。 門の前には、前もって選んだ服の上に品のいい黒のオーバーコートを着た一ノ瀬が立っていた。
「おはようございます。 すごい時間厳守ね」
「五分ぐらい早く着いたから、あそこでコーヒー飲んでたんだ」
 一ノ瀬の手が、道の向かい側の小公園にある自販機を指した。

 もう気詰まり感はなかった。 二人は自然に並んで歩き出した。
「うち、すぐわかった?」
「うん。 豪邸だね」
「そんなことない。 仕事関係のお客が多いから、お父さん道から見えるほうに見栄張っただけよ。 裏は小さいの」
「正直者」
 一ノ瀬は笑った。
「戸崎さんも、そう言ってた。 瑠名ちゃんは、すれてなくていい子だろって」
 いい子って……小学生か。 瑠名は、いつまでも子供扱いする戸崎の伯父がちょっと癪にさわった。
「伯父さんとこのバイトは、どんな感じ?」
「いい感じだよ。 昨日で五回行ったかな。 明日で六回目」
「四日に、恵実子おばさんが電話かけてきて、良い人紹介してくれてありがとうって感謝された」
 これは伝えておくべきだと思った。 反応を知りたくて目を上げると、一ノ瀬はホッとした表情をしていた。
「あの店すごく繁盛してるよ。 だからこっちも助かる。 忙しいけど」


 吉祥寺駅から電車に乗って、新宿から山手線に乗り換え、池袋からは丸ノ内線で二駅。 茗荷谷〔みょうがだに〕は、地下鉄には珍しく地上駅だ。
 空は、よく晴れていた。 春日通り方面出口から駅を後にして、ゆっくり歩いた。 まだ時間は充分ある。 どちらからともなく手を繋ぎ、のんびりと進んだ。

 教育の森公園を過ぎて少し行ったところで、右に曲がった。 脇道に入ると、休日で人通りがほとんどない。
 やがて、芦沢本家の生垣が見えてきた。
「あそこよ」
 空いているほうの手を上げて指差したとたん、背後で車のホーンがビッビーッと鳴った。
 じゅうぶん二台がすれ違える広さのある道だ。 それに、二人は行儀よく右側を歩いていた。 なんで鳴らすんだろうと、一ノ瀬と瑠名が振り向くと、ダークグリーンのスポーツ車が、急にスピードを上げて追い越していった。




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イラスト:アンの小箱
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