表紙

月とアルルカン 21


 外はだいぶ暗くなっていた。 黄昏〔たそがれ〕というより、夜に近い。
「五時三分。 次のバイトに間に合う?」
 瑠名が心配そうに尋ねると、一ノ瀬は笑って頷いた。 それでも気になって、瑠名は提案した。
「駅まで走っていこう」
「そうするか」
 すっと、一ノ瀬が手を差し伸べた。 つないでいくのが当たり前な感じで。
 嬉しくなって、瑠名はその手の上に、そっと指を置いた。 二人はしっかりと手を結び合い、人通りの多い駅前に向かって、飛ぶように駆け出した。


 東中野駅は、上りと下りが同じホームだ。 二人は仲よく並んで、快速が通過していくのを見送った。
 向かいのビル街を眺めながら、一ノ瀬がぽつんと言った。
「バイトの紹介、ありがと」
「ううん」
 瑠名は急いで手を横に振った。
「伯父さん達のほうが喜んでたから」
「うちの親戚とは全然違うんだな」
 ちょっと怒ったような声が続いた。
「ジイさんの財産分与がおかしいって揉めて、裁判起こしてるんだ。 もう三年ぐらいやってて、うちの工場の資金繰りが大変で」
 だから朝から晩までバイトしてるのか。 瑠名は一ノ瀬に同情した。
「おじいさんの代から工場を経営してるの?」
「そう。 親父が継いだんだが、建物や機材を売れ、まで言われるんだ。 黒字なのに銀行はなかなか貸してくれないし」
 そこで一之瀬は、我に返った。
「ごめん。 愚痴言っちゃった」
「ううん、平気。 はやくゴタゴタが片付くといいね」
 一ノ瀬は頷き、照れたように少し笑った。
 ぎこちないその微笑が、胸にジンと来た。 疲れてるんだろうな、と思った。 体だけでなく、気持ちも。
 そのとき、各駅停車の電車が滑り込んできた。 東京駅行きだ。
「あ、俺の方だ」
 踏み出しかけた一ノ瀬の足が止まった。
「十一日の朝九時、だよね?」
「そう。 よろしくお願いします」
「こっちこそ」
 低い声を残して、一之瀬は真ん中あたりの車両に向かって歩いていった。




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イラスト:アンの小箱
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