表紙

月とアルルカン 20


 まさかって……。 瑠名は困って、目をパチパチさせた。
「そう。 男の人だと、まずい?」
「いやいや、とんでもない! 瑠名ちゃんの推薦だし、大歓迎よ。 ただ、ね、さっき二人で入ってきたとき、お似合いだなって思ったものだから」
 恋人を紹介しに来たと勘違いしたんだ。 そう気がついて、瑠名は思わずむきになった。
「違う。 そんなんじゃないって。 一ノ瀬さんは友達の知り合いで……あ、順序が逆になっちゃった。 こちらは、W大の一ノ瀬さん」
「W大。 幸隆くんと同じだ」
 親しみを持ったらしく、恵実子は笑顔になって、一ノ瀬に頷いてみせた。
「バイトの経験は?」
「あります」
 一ノ瀬は、淡々と答えた。
「池袋のラーメン店で、半年働いていたことも」
「そうなの」
 恵実子はほっとした。
「じゃ、即戦力ね。 おじさんに紹介するわ。 こっち来てね」


 調理場にいた益男伯父も、一ノ瀬を一目で気に入ったらしかった。
「一月の何日から来れる? ほう、三日からもう。 そりゃ助かる。 うちは基本的に火曜日定休なんだ。 営業時間は十時から夜十一時まで。 できれば夜来てもらえると……」
「いらっしゃいませー」
 連れだって入ってきた三人組の学生に、恵実子が明るい声を張り上げた。


 手順を覚えると言って、一ノ瀬はすぐ益男の横について働き出した。 瑠名も、ロッカーに入れてある自分用の上っ張りと三角巾を手早く身につけ、店の手伝いを始めた。
 店の入りには潮のようなものがあって、食事時ではないのに一杯になったと思うと、不意に客足が途絶えたりする。 その日は、年末の買出し客が多かったためか、三時から五時までがやたら忙しかった。
 客足がいったん引いた五時過ぎ、恵実子が食器を奥へ運ぶと、素早く一ノ瀬が受け取った。
「俺洗います」
 上機嫌の益男が、湯切りを横に置いて肩を回した。
「ほーい。 もうじき夜の客が来るな。 一ノ瀬くん、今日はもういいから、瑠名ちゃんを送っていってやりなさい。 ご苦労さん」
「はい。 一月からよろしくお願いします」
 借りていた上っ張りを脱いで、一ノ瀬はきちんと一礼した。
 恵実子が、その手に小さな封筒を握らせた。
「最初から忙しくて大変だったね。 年末だから、遅い昼御飯と早めの晩御飯が一緒になったんでしょうね」
「あ、すいません」
 トライアルにきちんと時給をくれた夫妻に、一ノ瀬はもう一度頭を下げた。




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イラスト:アンの小箱
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