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月とアルルカン 19


 店の二階には、六畳の和室が二つ。 間の襖を取れば十二畳の部屋になって、ちょっとした宴会に使えた。
 短い廊下の突き当たりは、小さな洗面所とトイレだ。
 和室には、二部屋とも客はいなかった。 手前の部屋にコートを置いてから、瑠名はまだ襖のところに立っている一ノ瀬を振り返った。
「ここ、どう思う?」
「いい店だね。 お客が多そうだし」
「わかる?」
 瑠名は清潔な畳にペタンと座った。
「店が明るいし、メニューがわかりやすい。 椅子の座り心地もよさげだった」
 あちこちバイトしているだけに、店内をちょっと見渡しただけで、一ノ瀬には店の流行り具合がわかるらしかった。
「駅にわりと近いから、立地条件もいいしね」
 一呼吸置いて、瑠名はさりげなく尋ねた。
「ここでバイトしてみるの、どうかな?」

 ゆっくりジャンパーを脱いでいた一ノ瀬の手が止まった。 二人の目が合った。
 彼の答えを聞く前に、瑠名は急いで付け加えた。
「先月から頼まれてたの。 信用できるパートさんいないかなって。 九月から来てた人が、あんまりしょっちゅうサボるから、断わったばかりなの」
 一ノ瀬は、置きかけていたジャンパーをまた手に取り、口の中でボソッと言った。
「それは、ありがたいけど」
「受けてくれる?」
 飛び上がりたい気持ちを抑えて、瑠名はできるだけ普通に反応した。
「毎日じゃなくてもいいって。 ずっと来てもらえれば、一番いいけど。 恵実子おばさんが疲れ気味なんで、たまには休ませてあげたいらしい」
「それじゃ」
 決めたら行動が早いのが、一ノ瀬の特徴だった。 ジャンパーを脇に抱えると、彼はすぐ言った。
「紹介してくれると、助かる」
「よかった! ちょっと見てくるね。 お客さんの切れ目かどうか」


 階段から覗くと、四人いたカウンターの客は一人になっていた。 しかも、もう食べ終わりそうだ。 瑠名は一ノ瀬に合図して、下へ降りた。
 二人を見て、テーブルを拭いていた恵実子はにっこりした。
「上でゆっくりしてなさいよ。 ちょうど手の空いたところで、お茶菓子でも持ってこうと思ってたんだから」
「ちがうの、恵実子おばさん。 ただ遊びに来たんじゃなくて、ほら、バイトの人探してるって言ってたでしょう? だから、来てもらったんだけど」
「え?」
 恵実子ははっきり驚き、スマートな一ノ瀬に目をやった。
「まさか……君?」




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イラスト:アンの小箱
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