表紙

月とアルルカン 18


 光が揺れている。
 そんな微笑みだった。
 自然に、瑠名も微笑を返していた。

 二人を隔てていた見えない壁が、ふっと消えた。 一ノ瀬は、『赤の他人』から『笑い合える知り合い』まで進化してきた。 気詰まりが取れたのが嬉しくて、瑠名の足取りが弾んだ。
「明日もバイト?」
「ああ。 正月も、ずっと」
「元日から?」
「休日手当てがついて、割がいいんだ」
「すごい頑張りね」
「そうでもない」
 少し憂鬱〔ゆううつ〕そうに、一ノ瀬は右目を指でこすった。
「不定期のパートから先に減らされる。 一月は半分以上空いちゃったんだ」

 斜め左に曲がったところで、駅が見えた。 とたんに寂しくなった。 この手を離したくない。 そう思った。
 そんなとき、思いがけないことが頭にひらめいた。
「ええと、五時半からのバイトって、どこで?」
「場所?」
「うん」
「神田」
「じゃ、ここから三十分もあれば行けるね」
「そうだな」
 今、時刻は二時前ぐらいだ。 空き時間は、三時間……。
「ちょっと紹介したい人がいるの。 東中野まで付き合ってくれる?」
 一ノ瀬は、意外そうな顔になった。
「俺に?」
「そう。 私のおじさん。 お母さんの兄で、脱サラしてラーメン屋さんをしてるの」
 なんでそこへ行くのか、よくわからない様子だったが、それでも一ノ瀬は承知した。


 店は、駅の北口を出て一つ角を曲がったところにあった。
 恵楽亭〔えらくてい〕と染め抜かれた暖簾〔のれん〕をくぐって中に入ると、縦に長い店の右側にあるカウンターから、明るい声がかかった。
「あら、瑠名ちゃん、いらっしゃい!」
「こんにちは、恵実子〔えみこ〕伯母さん」
 四人ほど並んでいる客の背中越しに、瑠名は挨拶した。
 きりっと白い三角巾をつけ、きびきびと手を動かしながら、小柄で器量よしの恵実子は、姪の後ろから入ってきた背の高い青年をさりげなく観察した。
「いらっしゃい。 お友達?」
「そう」
 調理場から白い上っ張りを着た四角い顔が覗いた。
「お、瑠名ちゃん、上がって待ってて。 いつもの五目ラーメン持ってくよ」
「あ、ごめんなさい。 お昼、もう食べちゃったの」
「そりゃ残念だな」
 益男〔ますお〕伯父は、本当に残念そうな顔をした。
「でも、上がらせてもらうね。 すぐ降りて手伝うから」




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イラスト:アンの小箱
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