表紙

月とアルルカン 17


 きれいに膝を伸ばして歩きながら、一ノ瀬は少しこもった声で言った。
「好きだといつもベタベタしてるとか、そういうのはないな。 俺の場合」
「私も」
 一ノ瀬はうなずき、また話は途切れた。
 どうして続かないんだろう。 瑠名は胸がちりちりしてきた。 間もなく駅が見えてくる。 このままじゃ、いつまで経っても初対面の人と変わりない……。
「手、つなごう!」
 気持ちの焦りが、不意に声になった。

 自分が、一番びっくりした。
――うわ……うわっ! 何言ってるの、私!!――
 アワアワしている瑠名を尻目に、一ノ瀬は意外にもすぐ、瑠名の右手を取った。 瑠名はジャージの手袋をしているが、一ノ瀬は素手だった。
 布地を通して、体温が伝わってきた。 ふんわり温かいだけなのに、たちまち頭の芯がキュッと熱くなって、瑠名はうろたえた。
――やだ。 なんか……感じてない?――
 うわーっ! まずいっ。
 これまでこんな形で男性を意識したことはなかった。 わずかに触れ合っただけでピリピリ来るなんて。 彼に握られた手が、別の生き物に思えた。

 どうしよう。

 瑠名の目が、助けを求めるように人込みを横すべりした。
 この付き合いは、フェイクだ。 すべて作り物、お芝居なのだ。
 だが、もし一ノ瀬が腕を伸ばして、抱きしめてきたら、瑠名はひとたまりもなく崩れてしまいそうだった。
 こんな賑やかな雑踏の中でも。


 いつの間にか、瑠名は足を止めていた。
 つられて、一ノ瀬も立ち止まった。
 低い囁きが尋ねた。
「気分、悪い?」
「ちがう……けど」
 声が途切れた。 瑠名は、自分を励まして、できるだけ明るく答えた。
「食べすぎたかなぁ」
 一ノ瀬の顔がほころんだ。


 瑠名に見せた、初めての笑顔だった。




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イラスト:アンの小箱
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