表紙

月とアルルカン 15


 料理はおいしかった。 健康な食欲を満たした後で、ようやく一ノ瀬がジャンパーのポケットに手を入れて、印刷済みの写真を取り出した。
 テーブルの上に重ねられた三枚の写真を、真っ先に昌太朗が拾い上げて眺めた。
「へえ。 どこで撮ったん?」
「中目黒の貸し衣装屋。 名前は忘れた」
 角を揃えて瑠名に渡しながら、昌太朗は面白くなさそうに呟いた。
「ちょっと決めすぎじゃねーの?」

 一枚目を見て、瑠名も確かにそう思った。 体を寄せて覗きこんだ美並が、声を上げた。
「うわ、外人のモデルみたい」
「何言ってんだよ……」
 一ノ瀬は、真面目に困った顔をした。
 確かに彼のせいじゃない。 特にポーズを取らず、普通に立っていても、スリムながらしっかりと肩幅があって脚の長い体型が、それだけで絵になるのだ。
 めくっていくと、三枚が三枚ともよく撮れていた。 グレーのジャケットに黒のズボン、その逆、そしてチャコールグレーのシャツとズボンの上に明るいグレーのジャケット。
 三枚目が一段と素敵だ。 美並もそう感じたらしく、横からパッと手を伸ばして指差した。
「これ、よくない?」
 うまく声が出なくて、瑠名は小さく頷いた。 まずいな、と思い始めていた。 自分の写真を出すのが恥ずかしい。 これと並べるなんて、おこがましいじゃないか。
 それでも仕方なく、バッグを覗いて、一番よく撮れていると思ったのを一枚だけ取り出した。 そして、並べずに直接一ノ瀬に渡した。
「この服なんだけど、どう思う?」
「似合う」
 じっとモカ色の服の写真を見てから、一ノ瀬は短く感想を述べ、さっと自分の写真と重ねてポケットに入れてしまった。
 あれ?
 返してもらおうと思って出した手を、瑠名は中途半端に引っ込めた。
 後は、当日の交通手段の打ち合わせだ。 小石川にある祖父の家は割と広く、駐車スペースが三台分あるが、すぐ一杯になってしまうから、できればタクシーか電車が望ましかった。
「電車なら、地下鉄丸ノ内線の茗荷谷〔みょうがだに〕駅で降りて、歩いて七分ぐらい」
「幸隆さんは?」
 思いついて、美並が尋ねた。
「一緒に行かないの?」
「うん……。 去年は美佐ちゃんと喧嘩してて、連れてけないならいい! ってなって。 今年はその流れで、仲直りしたんだけど、もう面倒くさいって」
「じゃ、瑠名がお宅の代表にされちゃったわけね」
 うなずきながら、瑠名は情けなくなった。
――できれば私だって、芦沢会なんかスルーしたい。 むしろ一番行きたくないのは、私かもしれないのに。
 でも、うちから誰も出席しなければ、おじい様は怒って遺言書から外すだろう。 いつもそう言って、みんなをチクチクいじめてるもの――

 祖父の芦沢肇〔あしざわ はじめ〕が膨大な財産を所有していることは、広く知られていた。
 四人の子供は、それぞれ職業を持って、ちゃんと暮らしているものの、内情は様々だ。 遺言から名前を消されれば、たとえ遺留分を裁判して勝ち取ったとしても、もらえるお金は半分になってしまう。
 祖父の機嫌を損ねないように、年始の挨拶と、孫たちの『芦沢会』出席は、欠かせない行事だった。

「ミサちゃんて?」
 一ノ瀬の声が瑠名に訊いた。 初めて直接質問されたため、瑠名は驚いて顔を上げた。
「幼なじみ。 兄さんの彼女。 家族ぐるみの付き合いなの」
 一ノ瀬はうなずき、会話はそれ以上続かなかった。




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イラスト:アンの小箱
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