表紙

月とアルルカン 14


 一ノ瀬が案内していったのは、メトロ会館のビルだった。 見本のメニューが陳列してある横を通って、四人はごちゃごちゃと二階へ上がった。
 中へ入ると、真っ先に視線を奪うのは、天井に広い面積を取ったアールヌーボー風の照明だった。 落ち着いた室内にはベージュのソファーが並び、沢山の客がたむろしている。 その間を縫うようにして、一ノ瀬は奥まで瑠名たちを誘導していった。

 まずコーヒーを頼んでから、男子はカレー、女子はオムライスを選んだ。
「コーヒーよりカレーのほうが安いぜ、ほら」
「コーヒー一杯でも粘れるってことよ」
 陽気に言い合う美並と昌太朗の横で、瑠名は思い切って一ノ瀬に声をかけた。
「ここ、よく来るの?」
 瑠名の左隣りに坐った一ノ瀬は、顔をそちらに向けたが目は合わせず、ぼそっと答えた。
「たまに」
 そこで会話は途切れてしまう。 瑠名は哀しくなった。 こんなによそよそしくて、新年会のエスコート役ができるのだろうか。 いつも瑠名から目を離さない莉亜〔りあ〕なら、簡単に芝居と見抜きそうだ。
 芝居か……。 瑠名はふと気持ちを切り替えた。 そうだ、演技すればいいんだ。 今日は、一回だけの舞台に立つ前の、リハーサルだと思えばいい。


 食事中は、どうってことのない世間話が飛び交った。 やがて話題は、一ノ瀬のバイト先に移った。 本当に色々なことをしている男で、迷い犬のビラ貼り、資材運び、弁当の集配に倉庫の夜間見回りまで、同時多数進行でやっていた。
「いったいいつ寝てるんだよ、一ノ瀬」
「時間があれば、いつでも」
「電車の中なんかで?」
「うん、坐れれば」
「俺っちには無理だなあ」
 昌太朗はくったくなく笑った。
「今そこにあるもんを楽しみたいからなー。 だって考えてみろよ。 明日にはもう無くなってるかもしれないんだよ」
「楽しみを先に取っとくっていうのも、たまにはいいよ、ショータッチ」
 美並が言うと、昌太朗はもっての外というように、ギュッと目をつぶって首を振った。
「やだ、明日のステーキより今日の牛丼がいい」
「どっちも同じぐらい好きなくせにー」
「だから今すぐ手に入るほうがいい」
 昌太朗は、あくまでもそう言い張った。




表紙 目次文頭前頁次頁
イラスト:アンの小箱
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送