表紙

月とアルルカン 13


 十二時五十分過ぎに、瑠名が新宿駅を出ると、すぐに美並が見えた。
 彼女は、ルミネ2の前にいた。 黒のパンツにあずき色のチュニックを合わせて、ベージュのふかふかしたコートを上から着ている。 横には、この前と同じ服装の一ノ瀬がいて、美並と話し込んでいた。
 主に話しているのは、美並だった。 熱心に手真似して説明していた。 一ノ瀬は頷きながら聞いていて、ときどき質問を挟む。 それにまた、美並の長い答えが続いた。
 どちらも瑠名に気付いていなかった。 駅を振り返りもしない。 取り残されたような侘しさが、瑠名の心を冷やした。
――いいなあ、美並は。 誰でもすぐ話しかけて、仲よくなれて――
 美並だって、好きな男子の前に出たら、そう気軽には話せないんじゃないか、という考えは、そのときの瑠名の頭には浮かばなかった。

 二人の話は長々と続いていた。 瑠名は、少し意地になってしまい、どちらかが振り向くまで知らん顔していようと決めた。
 しかし、それはあまりいい作戦ではなかった。 駅を出たばかりのところで立ち止まっていた瑠名は、いきなり背中を押されて、膝カックンになりそうになった。
 慌てて振り向くと、昌太朗がニヤつきながら立っていた。
「なに指くわえて見てんの?」
 たちまち瑠名の顔が真っ赤になった。
「はあ?」
「はあじゃないよ。 一ノ瀬見てたくせに。 いい男だろー? 遊んじゃえば?」
「あ……あんな忙しい人に、遊ぶ暇なんてあるの?」
 ようやく不意打ちのショックから醒めて、瑠名は何とか言い返した。 すると昌太朗は、いやらしめのウィンクをパチッとかました。
「よかったらセッティングしてあげようか。 三万で、どう?」
 これはショータッチ流のジョークなのだろう、と瑠名は思った。 何がなんでもそう思うことにした。
「ショータッチ、エスカレートしすぎじゃない? 一ノ瀬さんて、怒らせたら怖そうよ」
 昌太朗は少しひるんだ。
「うん、まあ……。 忘れて! 今言ったこと、なし」
「わかった」
 そのとき、ようやく美並が気付いて、瑠名たちのいる方へ走ってきた。 一ノ瀬もゆっくりと後をついて来た。
「あ、やっと着いた?」
「やっとじゃないよ。 まだ、えーと、四分前だぜ」
 昌太朗が、ちょっとわざとらしい声で返事した。




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イラスト:アンの小箱
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