表紙

月とアルルカン 11


 四人でガヤガヤしていると、なかなか昌太朗に金を渡す機会がなかった。 しかも、一ノ瀬は新宿へ行くというし、美並と昌太朗も同じ方角の電車で、瑠名だけが反対方向になる。 仕方なく、改札を通ったところで昌太朗を呼び止め、脇に呼んだ。
「ちょっと話が」
「はいはい」
調子よく柱の横までついてきた昌太朗は、封筒を見せられると、素早く体で隠すようにして受け取った。
「あんがと。 悪いねー」
「ちゃんと約束守ってね」
 声が頼りなく聞こえた。 昌太朗は胸に手を置き、自信たっぷりに答えた。
「ドンと任せなさい。 一ノ瀬は、どこのバイト先でも評判いいらしいから、エスコートもうまくやると思うよ」
 瑠名は、昌太朗の肩越しに、仏頂面で立っている一ノ瀬を眺めやった。 そして、少し心配になった。
「ほんとは今日の午後もバイトあったんじゃない? 悪かったなぁ、一時間以上も付き合ってもらって」
「そんなに気遣うなって」
 気配りなんて宇宙語だ、ぐらいに思っている昌太朗は、平気で答えた。

 別々のプラットホームに降り立ってから、瑠名は美並と改めて手を振り合った。
 一ノ瀬はジャンパーのポケットに手を入れ、電車の来る方向に目をやっていた。 一方、昌太朗は澄ました顔で長いマフラーを巻き直し、ハンチング帽を目深に被り直した。
 やがて、先に瑠名のほうに電車が入ってきた。 乗って、真っ先に窓を見ると、一ノ瀬と目が合った。
 どっちも激しく驚いた。 瑠名は反射的に一歩下がってしまった。 一ノ瀬は右手を顔に上げて、半分隠すような仕草をした。
 ジロジロ見るのは失礼だし、そんな度胸もないから、最後に気付かれないようにじっくり一ノ瀬の全身を観察しようとした瑠名の思惑は、見事に裏目に出た。 恥ずかしくて、電車が出る前にこそこそと、瑠名はその窓から一番遠い隅の席に逃げていった。


 家に帰りついたのは、六時少し前だった。 もう空は真っ暗で、門柱にはライトが灯っていた。
「ただいまー」
 声をかけながら玄関を入ると、二階から降りてきた兄の幸隆が声をかけた。
「あ、ちょうどよかった。 高田牧舎のハヤシ食べに行かない? さっき新車が届いたから、ドライブしてみたいんだ。」
 一ノ瀬の大学のすぐ傍じゃないか! 実を言うと、幸隆も昌太朗や一ノ瀬と同じ大学の出身なのだ。 瑠名はしゃっくりしそうになって、大急ぎで頭をブンブンと振った。
「いやー、お昼も外食だったから、夜はうちで食べたい」
「そうか? じゃ、しゃーないな」
 わりとあっさり諦めて、幸隆はのんびりとリビングへ入っていった。



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イラスト:アンの小箱
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