表紙

月とアルルカン 10


 昌太朗は、あっけに取られた顔で、わざわざ二度も振り返って竹馬のピエロを眺めた。
 水玉服のピエロは、銀の輪を前後斜めに投げ分けた後、今度は色とりどりの小箱を下から渡してもらって、ヒョイヒョイと空中で並べ替え、【歳末大売出し】や、【感謝バーゲン】などの文字列を次々に作っていた。
「ねえ、なんでアイツ瑠名ちゃんにかまうの?」
「ちょっとわけありなの。 後で話す。 そんなに振り向くと、ますます調子に乗るから止めて」
 それ、とっとと歩く、と、美並はのろくさしている昌太朗をせき立てた。

 瑠名はピエロから逃げたため、一番左側になっていた。 隣りには一ノ瀬しかいない。 まだアーケードの道は続く。 無愛想にしていないで何か話しかけないと、と思ったとたん、頭が真っ白になった。
 無理して口をあけたとたん、とんでもないことを訊く自分の声が聞こえた。
「あの、私って、どこがだめ?」

 一ノ瀬の足が止まりかけた。 横を見ないでも、彼の顔がこっちを向くのがわかって、瑠名は焦った。 顔が火照ってきた。 きっと赤くなってるはずだ。
 あわてて言い直した言葉が、上ずって響いた。
「あの、初対面だと指摘しやすいかなと思って。 動作がトロいのは自分でもわかってるんだけど、それ以外に、何かある? こう、男子の目から見て、感じ悪いところっていうか」
 何バカなこと訊いてるんだろう。 話しながら、瑠名は自己嫌悪におちいった。
 一ノ瀬は顔を正面に戻し、ぼそっと言った。
「今のまんまがいいよ」
 そして、昌太朗を押して追いついてきた美並に場所を譲り、斜め後ろに下がった。

 今のまんまで、いい?
 いや、今のまんまがいい、と言われたような気がした。 微妙に意味が違う。 「が」のほうが強い。
 どっちにしろ、思いがけない答えだった。 スポンサーに対する社交辞令かもしれないが、自信をなくしかけている瑠名は、驚くほど嬉しかった。
 いい人しゃない。 無口だけど、さりげなく優しい――好きだな、こういう人、と思った瞬間、瑠名はドキッとした。

 違う、彼は恋人候補じゃないんだ。



表紙 目次文頭前頁次頁
イラスト:アンの小箱
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送