表紙

月とアルルカン 8


 瑠名は、どっちかというと人見知りする性質だ。 地味な服装なのに目立ちまくっている青年を見て、どう挨拶していいかわからなくなった。
 人なつっこい美並は、にこにこしながら奥のテーブルに歩み寄った。
「ちわーっす。 ショータッチの悪友の荻藤美並でーす。 で、こっちが本命の、芦沢瑠名」
 瑠名は笑顔を作ることもできず、固い表情でちんまりと頭を下げた。
 一ノ瀬青年も、あまり社交的ではないようだった。 澄んだ良い声ながら、ぼそっと早口で短く答えた。
「どうも。 一ノ瀬諒〔いちのせ りょう〕といいます」
「さ、坐って坐って」
 椅子に深々と埋まって胸で指を組んでいた昌太朗が、えらそうに顎をしゃくってみせた。
「とっとと打ち合わせに入ろうぜ」


 それほど注意事項は多くなかった。
 午前十時までに、小石川の芦沢本家へ行く。 そこで年頭の挨拶をし、みんなで昼食を食べ、午後は軽くパーティー形式で遊んで、夕方に帰る。
「毎年、本家の文子〔ふみこ〕伯母さまと、耕太〔こうた〕さんと摩利〔まり〕ちゃんが、簡単なゲームなんかをセッティングしてくれるの。 伯母さまはとてもいい人でね、耕太さんと摩利ちゃんも気さくで面白いの」
 瑠名は、肝心の一ノ瀬にではなく、ほとんど美並と昌太朗のほうを向いて話していた。 その間、一ノ瀬は律儀にデジタルレコーダーを出して録音し、それだけではまだ不安なのか、手帳にメモっていた。
 甘党の昌太朗が、ロシアンティーを飲みながら尋ねた。
「でさ、一ノ瀬は何着てけばいい? 瑠名ちゃんの目から見て、何が似合いそう?」

 なかなか一ノ瀬の顔をまともに見ることができなくて、瑠名は中途半端に、彼の肩辺りに視線を送った。
「……セーターとジャケットなんか、どうかなぁ。 大学生だから、スーツよりそっちのほうが」
「ふんふん。 色は地味なのがいいよね。 どピンクとか真っ赤じゃ嫌だろ?」
「誰もそんな発想ないって」
 げっそりして、美並が呟いた。 そして、瑠名の表情を確かめるように覗き込んだ。
「瑠名は何着ていくの? もう決めた?」
「うん。 たぶんモカで、ここのところにピンクの切り替えがついたアンサンブルにすると思う」
「コーヒー色か〜。 あったかーい感じだね」
「じゃ、俺はモノトーンで」
 初めて、一ノ瀬がまとまった答えを口にした。



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イラスト:アンの小箱
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