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月とアルルカン 6
「危ないぞー、下手くそ!」
向かい側で見ていたジャンパーの男から、罵声が飛んだ。 どうやら酔っているらしい。
竹馬に乗った白塗りのピエロが立ち往生しているのを見て、瑠名の口からとっさに声が出た。
「まだリハーサルだから!」
縦に赤い線を入れたピエロの目が、空中で微妙に揺れながら瑠名に向いた。 瑠名はタイミングを計って、一つ輪を返し、もう一つを続けて投げようとした。
すると、ジャンパーの男が調子っ外れの声でまた怒鳴った。
「今のも芸なら、ちゃんとやれよ。 二人でこうやって、投げ合いしてみろよ。 ほんとに芸ならよ」
瑠名は、ムッとした。 男は、どうしても失敗を認めさせたいのだ。 酔っ払いのいじめっ子め。
いつもは動作がゆっくりで、あまり動かない瑠名だが、やるときはやる。 目線をまっすぐ上に向けると、瑠名は一つうなずいて、ピエロに呼びかけた。
「やろう。 投げて!」
ヒエロは二、三度、目をパチパチさせた。 それから、輪の一つを持って、遠慮がちに投げてよこした。 同時に、瑠名の手から一つが、緩い弧を描いてピエロに渡った。
このジャグリングは簡単で、基本中の基本だ。 二人はすぐタイミングを合わせ、パッパッと銀の光のように輪をやり取りした。
軽く拍手が起こったところで、瑠名は右手を上げて合図を送り、すべての輪を渡し返した。 すると、ピエロは胸に手を当てて、瑠名に頭を下げた。 再び客からパラパラと拍手が湧いた。
「ミスをカバーしてあげたわけだ。 しかし瑠名って意外性の人だね。 付き合い長いけど、人前であんなド派手なことできるなんて」」
「普段はできない。 ただ……どう言ったらいいのかな。 デジャブみたいな気がしたの。
昔、お兄ちゃんが子供会の余興で得意のジャグリングやってて、途中で落としちゃったの。 肘が柱に当たって」
「ふーん」
「子供って容赦ないでしょう? さんざん笑われて、それでやる気なくした。 もう絶対やらないって言ってて、セットは今でも屋根裏の隅っこで埃かぶってるわ。
その場にいて、見ちゃったから、お兄ちゃんが可哀想で」
「幸隆さん繊細だもんね」
改札口を通りながら、美並は苦笑した。
「でもあのピエロは、幸隆さんと違ってけっこう心臓強そう。 さっきは瑠名で遊んでたじゃない」
「……うん」
慌ててポケットに押し込んだ造花を考えて、瑠名はしかめっ面になった。
「逆に目立ちたがりだと思われたのかな」
「それはないっしょ。 また逢えて嬉しかった、それだけよ、きっと」
美並は明らかに面白がっていた。
「大売出しセールの火曜と木曜にいるんだって? 明後日も行ってやれば?」
「うう、もう沢山」
瑠名はふるふると首を振った。
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イラスト:
アンの小箱
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