表紙

月とアルルカン 5


 その輪は、すっと出された瑠名の手に、スポッと入った。
 銀色に光る輪を持ったまま、瑠名は困った表情で竹馬上のピエロを見上げた。
「今日はできない。 友達いるし」
 白と紫に顔を塗り分けたピエロは、振り子のように首を左右に振り、もう一つ輪を投げてよこした。
 仕方なく、瑠名は大きなバッグを敷石の上に置き、輪を両手に持った。 銀色の直線を作って投げ返すと、すぐ次の輪が落ちてきた。 瑠名が、竹馬のパフォーマーと鮮やかにジャグリングを始めたので、美並は口あんぐりとなった。
「何? あれ、どうしちゃったの?」
 やがて右手を上げて合図して、瑠名が輪をすべて投げ返した。 とたんに、見物人がドッと拍手した。
 高い空間から、虹色の水玉模様の服を着たピエロが、瑠名に右手でキスを投げた。 同時に左手を動かし、パッと小さな花束を出すと、大げさな身振りで放ってよこした。
 小波のように笑いが起きた。 瑠名は顔を赤くして花を受け止め、急いでバッグを拾ってから、広場を後にした。
 アーケードの入口で振り返ってみて、美並が呟いた。
「まだ手振ってるわよ。 誰?」
「知らない」
「知らないのー?」
 あきれて、美並は声を大きくした。
「じゃ、なんで輪の投げっこなんかしてるの?」
「前に拾ってあげたから」
「あの輪を?」
「そう」


 駅の構内に入るまでに、瑠名は美並に事情を説明した。
 それは、一週間前のことだった。 歳末大売出しセールの開幕日で、広場にはいつもの屋台と共に、小さなテントが立ち、傍の椅子にダブダブの衣装を着た大道芸人が坐って、足に高下駄のような竹馬を取り付けていた。
 ふと好奇心が湧いて、瑠名は立ち止まり、すぐ傍にある教会の門の横から観察していた。 瑠名が中学生のとき、五つ上の兄の幸隆〔ゆきたか〕がジャグリングに凝っていて、つられて一緒に練習したのを思い出したのだ。
 やがてヒョイと立ち上がった芸人は、腰にビラの束を下げ、銀色の輪を手にして、 右手から左手へとぐるぐる移し始めた。
 テントの脇では、ジーンズ姿の男が屈んで、音楽のスイッチを入れた。 軽快なバックミュージックに女の声が被さって、大売出しの宣伝になった。
 道行く人が次第に足を止め、竹馬芸人の手元に注目した。 だが十秒も経たないうちに、放り上げた輪の軌道が微妙に歪んで、次の輪とぶつかってしまった。

 落ちてくる!

 斜めに弾き出された輪は、薄茶色の犬を抱いて見上げていた女性を直撃しそうになった。 たまたま近くにいた瑠名は、思わず腕を差し伸べて、重なるように流れてきた二つの輪を、がっちりと受け止めた。



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イラスト:アンの小箱
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