表紙

月とアルルカン 4


 七万か……。
 親が大貿易会社の常務をやっているとはいえ、瑠名の家は収入に比べると質素な暮らしをしていた。 それが芦沢家の家訓なのだ。 日常生活はあくまでも合理的、効率的に。 電気のつけっ放しなんかとんでもない。 衣類や家具・食器類は、いい物を買って長く使う。
 ただし、ケチはいけないとされていた。 大事なときには、どんと気前よく出すのだ。

 これが、大事なときじゃないだろうか。
 瑠名はそう感じた。 この三年間、芦沢会に出る度に惨めな思いをしてきた。 終わった後、一週間や二週間は気が滅入って、なかなか立ち直れなかった。
 ええと、なんだっけ、おじい様が昔よく言っていた格言……そうだ!
「戦いは謀〔はかりごと〕をもって良しとす、だったかな?」
「はあ?」
 美並が、シュークリームのついた口をダラッと開いた。
「古文? 急に話が飛ぶなあ」
「飛んでないわよ。 新年会といえども作戦が必要だって気がついたの。 ふられるには理由があるはず。 その一ノ瀬さんっていう人に探ってもらう!」
「ナイス・アイデア!」
 すかさず昌太朗がグイグイと頷いた。


 善(?)は急げ、とばかりに、昌太朗は携帯を取り返して、一ノ瀬にメールを送った。
「いつも何かかんかやってて、直接かけるとまずいんだ。 えーと、芦沢会は何月何日?」
 瑠名は手帳を出して確かめた。
「今年は一月十一日。 いつも日曜日なの」
「OK。 今日は十二月の九日だから……約一ヵ月後だな」
「瑠名んとこもそろそろ冬休みでしょ? いつから?」
「ああ、十七日から。 その前にレポート三つ出さなきゃいけない」
「憂鬱ねー、お互い」
 郊外の共学校に通っている美並は、そう言って溜め息をついた。


 昌太朗とは、『リックラック』の出口で別れた、 苦学生・一ノ瀬と連絡が取れて、話がまとまったら、また会う約束をした。
 瑠名は、美並と連れ立って、中央線の阿佐ヶ谷駅へ歩いて向かった。 カフェから出ると、冷やっとする風が早速体を包んで、二人は軽く身震いした。
「寒っ」
「とっとと歩こうか」
「うん」
 急いで電柱の横を曲がったところに、ちょっとした広場があった。 アーケードの前に位置していて、吹きさらしだが、人が集まっていた。
 軽い近眼のせいで目を細めて、美並が人だかりのほうに視線をやった。
「なに? ストリート・パフォーマンス?」
「西町アーケードが販促に雇ってるらしいの。 火曜と木曜に」
「ふーん」
 紺と赤のストライプの衣装を着て、一輪車で走り回っているパフォーマーを見ていた美並は、足に竹馬をつけたその相棒が、巧みに操っていた銀色の輪を一つ、不意にこっちへ投げてきたので、驚いて固まった。



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イラスト:アンの小箱
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