表紙








とりのうた 91


 申し込みは、とどこおりなく受け入れられた。 男たちはそれぞれ、緊張がほぐれた表情に変わり、いつも通り出勤していった。
 母は純粋に喜んでいた。 よかったね、お互いに必要なんだから、と祝福してくれた。
 だが未夏は、まだ落ち着かない気持ちだった。 新木達弥に事情を話して、プロポーズを断るという、気の重いことが待っているためだった。


 通勤用の自転車を玄関前に引き出してから、ようやく未夏は携帯を手に取った。
 かれこれもう一ヶ月連絡していない。 達弥からもかかってこなかった。 巷では様々なことが囁かれているから、彼の耳にも情報の断片ぐらいは入っているはずだ。 ボタンを押したものの、声を聞くのが怖いぐらいだった。


 三コールで、達弥が出た。
「未夏?」
 未夏は、そわそわと電話を持ち替えた。
「そう。 長いことかけなくてごめん」
「いろいろあったんだろう?」
 達弥は突き放すように言った。 声が投げやりだった。
「うん……どっかで会える?」
「会ってどうするよ。 どっちみち、俺たちもうダメなんだろ?」
「……ごめんなさい」
 そう言うしかなかった。 すると電話は、カチッと切れた。


 携帯をバッグにしまいながら、未夏はふっと涙ぐみそうになった。 博己は最初から特別な存在だったが、達弥とも十年近い交友歴がある。 よく気が合って、楽しかった。
 大切な友達……そう、達弥はあくまでも友達だったんだ、と、未夏は気付いた。 少なくとも、未夏のほうはずっとそう思っていた。 貴重な男の友人だと。
 友を失うのは、ある意味恋人と別れるぐらい辛い。 達弥のほうも友達だと思っていてくれたらよかったのに。 未夏は寂しかった。




 夜、いつもより早く帰ってきた博己は、指輪を未夏に贈った。
 ダイヤを繊細な枝が取り巻く、豪華な中にも上品な指輪だった。 左手の薬指にはめて、未夏はしばらく見とれていた。
「ありがとう。 うっとりするようなデザイン」
「気に入ってよかった!」
 自分も覗き込んで、博己は息を弾ませた。
「実は一ヶ月前に注文したんだ。 ショップのデザイナーと話し合って、こういうのにしてほしいって」
 未夏は、ちらちら光るリングをもう一度見直した。
「じゃ、世界で一つ?」
「そう」
 ―― 一ヶ月も前に。 うちへ来る早々から、結婚を考えていてくれたんだ――
 未夏は、博己の誠実さに、改めて涙が出そうになった。









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