表紙








とりのうた 90


 博己が風呂から出てくるまで、未夏は彼のベッドにチョコンと坐って待っていた。
 その間、ずっと胸が鳴り続けていた。 不思議な、本当に不思議な気持ちだった。
 恋って、もっと激しいものかと思っていた。 こんなに静かな、祈りたくなるようなものになるとは、想像つかなかった。
 やはりこれは、博己という男性の人柄によるのだろうか。 彼は物静かだが、内側からにじみ出る温かさがあって、自然に人を惹きつける。 傍にいると、心に灯がともるように明るくなった。
 あんないい人に好かれたんだから、私にも少しはいい所あるのかな、と考えついて、未夏は照れた笑顔になった。
――私ってガサガサしてるし、わりと何でも言っちゃうほうだけど、ヒロちゃんとぶつかったことはない。 そういえば、怒りんぼの貞彦でも、ヒロちゃんと喧嘩したことはなかったな――
 思いが昔に戻っていきかけたとき、ドアが静かに開いて、グレーのルームウェアーを着た博己が入ってきた。
 未夏は立ち上がった。 二人はどちらからともなく歩み寄り、固く抱き合った。


 ベッドの中では、なんとなく無我夢中になった。 だからよく覚えていない。
 いくらか落ち着きが戻ってきたのは、博己が上半身を起こして、柔らかく頬を撫でているのに気付いたときだった。
 目が合うと、彼は微笑した。
「可愛い。 なんか、すごく」
 余裕の台詞な気がした。 ちょっと口惜しいが、すれっからしと思われるのも嫌なので、これでよかったのかなという気になった。
 そのまま体を落として未夏の首筋に顔を埋めると、博己は呟いた。
「明日の朝一番に、おじさんおばさんに言おう。 結婚させてくださいって」
 未夏は、ゆっくり彼の背中に腕を回した。 胸が熱くうるおった。
 十五年前の夏、彼女は『青い鳥』を見つけた。 鳥は長い間、飛び去ったままだったけれど、今ようやく、こうして腕の中に戻ってきたのだ。




 翌朝七時、いつものようにテレビのニュースをつけ、畳に新聞のスポーツ欄を広げて読んでいた父は、娘がいつになく緊張した面持ちで、博己と共に入ってくるのを見て、ゆっくり座りなおした。
 その目には、来るものが来たという、喜びとも嘆きともつかない複雑な色がにしんでいた。










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