表紙








とりのうた 86


 博己が風呂を使っている間に、未夏は言葉を選んで、彼の十五年を説明した。
 坂口というビッグネームに、父は仰天した。
「あの大物に見込まれた? それでずっと後継者としてやってきたんだね? いくら息子さんと顔が似ていたとはいえ、凄いことだよ、それは」
「これから会社はどうなるのかしらね」
 思案顔で、晴子が呟いた。
「さあな。 緊急重役会議か何か開くんじゃないか? ともかく、大変だよな」
 俊之も腕を組んで、渋い表情になった。




 風呂から上がった博己を連れて、未夏は階段を上がった。
「昔とほとんど変わらないよ。 窓枠を換えて、家具も少し買い換えたけど」
 話しながらドアを開け、電気を付けると、博己は戸口に立って、少しの間懐かしそうに部屋の中を眺めていた。
「ほんとに変わってない。 よく思い出してたんだ。 夢に見たこともある」
 それから、横にいる未夏を振り返った。
「でも、ここ君の部屋だから、俺が下に行ったほうがいいんじゃないか?」
「それがまずいんだ。 父さん明日は早くから積み込みに行く日なの。 茶の間に寝てると、朝の四時から電気点けて、ガンガン布団またいでくるよ。 私は余裕で熟睡できるけど」
 そう説明して、未夏はクスクス笑った。
 博己は、ゆっくり窓に近付き、暗い外を見やった。
「新しい家が建ってるね」
富川とみかわさん家。 あの後二年ぐらいして引っ越してきたの」
 未夏も窓辺に立ち、博己の手を強く握った。
「これからヒロちゃんに何が待ってるかわからないけど、私はずっと一緒にいたい」
 博己の頬に、かすかな震えが走った。
「本当にわからない。 一文無しで放り出されるかも」
「退職金ぐらいは貰っていいんじゃない? みっしり働いたんだもん、たぶん六年ほどは」
 明るく笑って、未夏は博己にそっと寄りかかった。
 とたんに、ぐっと抱きしめられた。 耳元で、辛そうな息が囁いた。
「明日、会社の方に連絡取ってみる。 社長の葬儀に、遠くからでも参加したいし」
 博己のやるせなさを思って、未夏まで胸が迫った。 首に腕を回し、爪先立ちして頬ずりした。
「うまく行きますように。 私の大事なヒロちゃんに、今度こそ明るい未来が開けますように」


 優しいキスを二度交わした後、二人はしぶしぶ手を離して、お休みを言い合った。
 下に降り、和室で布団を敷いて横たわった後、しばらく寝付かれず、未夏は大きな眼を開けて、夜目にも白い壁を見ていた。










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