表紙








とりのうた 85


 博己が靴を脱いでいると、茶の間から父の俊之が出てきた。 晴子の発した名前が耳に入ったらしい。
 スリッパを履いたところで俊之に気づいた博己は、ぎこちなく頭を下げた。
「ご無沙汰してます。 古河博己です。 昔、隣りに住んでました」
「そう……」
 うまく言葉が続かない様子で、俊之はすらっと背の伸びた博己を見上げた。
「立派になったねえ。 身長どのぐらいあるの?」
「一八二センチです」
「はあ、俺の肩までしかなかったの、覚えてるよ」
 まあお入り、と言いながら、俊之は道を空けた。


 座布団を置いて、茶の間に坐ると、未夏は両親を交互に見て、真剣に訴えかけた。
「あのね、今日、ヒロちゃん大変だったの。 二階の私の部屋に泊めてあげていい? 私はここに布団敷いて寝るから」
 母が静かに尋ねた。
「未夏、あんたさっき、警察に呼ばれてたね?」
「そう。 自分から行ったの」
 未夏は、銅像のようにじっとしている博己に視線をやり、話せそうにないのを見てとって、短く言った。
「ヒロちゃんのお父さん代わりだった人が、自殺してね」
 両親は、ぎょっとなって顔を見合わせた。
「そりゃ、えらいことに」
「そうなの。 いろいろ事情があって、説明すると長くなるんだけど、ヒロちゃんにはどうしようもないことで、何の責任もなかったの」
 息を整えてから、未夏は一気に続けた。
「隣りの火事と一緒。 あの火事は、ヒロちゃんを殺すためだったんだって」


 子供の隠れ煙草とされた出火原因が、実は横領をごまかすための殺人未遂だったと知って、両親は言葉を無くした。
 通帳を警察に預けたと聞くと、俊之はすぐ博己を信頼する気持ちになって、泊まるのを許してくれた。


 母が、父用に買い置きしたTシャツとハーフパンツを出してきた。
「お父さん最近太めだから、サイズが小さくても入るでしょう」
「すみません」
 博己は恐縮して受け取った。










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