表紙








とりのうた 84


 映画が終わって場内が明るくなり、ざわめきが広がった。
 その気配で、二人はようやく目を覚ました。
「ね、私のうちへ帰ろう」
 未夏の囁きに、博己はびっくりして首を振った。
「無理だよ。 お宅に迷惑だ」
「そんなことない。 ヒロちゃんの疑いは晴れたんだし、警察が私の名前をマスコミに教えたりしないでしょ?」
「でも……」
「うちの親は、ヒロちゃんのことよく知ってるんだよ。 忘れた? 私達、中学の夏休みにいろんなとこに行ったじゃない。 うちにもしょっちゅう来てたし」
「それは昔の……」
「今でも変わらない。 ヒロちゃんちっとも変わってない。 火事の後、ずっと待ってたんだから。 戻ってきたら、親に頼んで、うちに引き取ってもらおうと思って」
「未夏ちゃん」
 両手を伸ばして未夏の肩に載せると、博己は声を詰まらせた。 眼鏡越しに見える眼が、瞬く間に充血した。





 車が小此木家に続く道を曲がったとき、時刻は間もなく夜の八時になろうとしていた。
 軽トラックの横にひっそりと停車させた後、二人は手を繋いで玄関に向かった。 未夏が戸を開けようとすると、一瞬早く中から開いて、母が身を乗り出した。
「未夏?」
「うん、ただいま」
 隣りの大きな姿を、晴子は少し不安そうに見上げた。
「ええと、昨日この子を迎えに来たでしょう、たしか?」
「はい」
 博己は、喉に詰まった声で答えた。
「お久しぶりです、おばさん」
 
 は? という表情で、晴子はもう一度、前に立つ青年の顔をじっくり眺めた。
 それから、妙に静かな調子で呟いた。
「……博己くん?」


 これには、未夏も意表を突かれた。
「わかったの? どこで!」
「いや、なんとなく。 博己くんて、独特の雰囲気あるから。
 へえ、懐かしいなあ。 入って入って。 さあ」
 晴子は、未夏が驚くほど自然な態度で、二人が中に入れるよう道を開けた。










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