表紙








とりのうた 83


 初め、博己は永井川の別荘へ行こうとした。
 だが、道を近付くにつれて雰囲気がざわざわしてきたため、捜索が入っているのに気付き、急いで車を回した。
 大通りをまっすぐ走らせながら、博己は途方にくれたように呟いた。
「どこへ行こう」
「鹿嶋のマンションは?」
「きっとマスコミに囲まれてるよ」
「そうか……社長の家には、もっと帰れないよね。 警官だらけだろうし」
 ともかく博己を休ませたかった。 こんなに疲れきってボロボロになってるんだから。
 困って何となく眺めていた道の横に、駐車場付きの映画館があった。 未夏は、急いで博己の袖を引いた。
「夜まであそこにいない? 中でこれからのこと考えて、暗くなってから出れば」
「そうだね」
 すぐに博己もその気になった。


 道から見えない奥の位置に車を停めてから、二人は中に入った。 上映していたのは外国のアクション物で、客は六分ほどの入りだった。
 二人は二階に席を取った。
「疲れたでしょう。 寝ちゃって平気だよ」
 未夏が囁くと、博己も囁き返した。
「大丈夫。 俺さ」
「なに?」
「隣りに未夏ちゃんがいるだけでいいんだ。 マウンテンバイクが発見されて、警察がマンションに来たとき、覚悟した。 これで俺の周りには誰もいなくなる。 友達、部下、それにきっと父親も。
  でも、一番辛いのは何かって考えたとき、君に嫌われることだと気付いた。 だから、せめて思い出を作っておこうと思って」
「ああ、それで展望塔に」
 嬉しかった。 こんなときでも、胸が熱くなるほど素敵な気持ちになった。


 二人は、巣の中の小鳥のように頭を寄せて、しばらくスクリーンを見ていた。
 そのうち、次第に瞼が重くなった。 肩を抱き合ったまま、二人は眠りに引き込まれていった。


 後ろの座席で目を光らせていたスーツ姿の刑事二人組の内、一人がロビーに出て電話をかけた。
「古河博己と小此木未夏は、シネマ・コンチネントで『ナイトウルフ』を見ています。 というより、眠っちゃってる感じです。 あの二人、本当に何も知らないんじゃないでしょうか。
 え? もう少し泳がせてみます? 無駄だと思いますがねえ」
 あと二言三言話し合って、男は電話を切った。







表紙目次文頭前頁次頁

背景:Fururuca/アイコン:叶屋
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送