表紙








とりのうた 82


 図書館に電話を入れて、早退すると連絡した後、未夏は博己に付き添って、彼の車に乗った。
 一応運転席に坐ったものの、博己は激しいショック状態で、しばらくは口もきけなかった。
 未夏は、できるだけじっとして、横に座っていた。
 五分ぐらい経っただろうか。 博己の手が動き、未夏が膝の上にそろえた手を握った。
 そのまま二人は、もたれかかるようにして抱き合った。 未夏の耳のすぐ横で、力の失せた声が響いた。
「覚悟してたんだ……統真のままで罪を被ることになっても、仕方ないと思った」
「そんなことにはさせないって、社長は言ったんでしょう?」
「うん。 でも父……坂口社長には立場があるし、跡継ぎとして本当に大事にしてもらったんだ。 だから、できるだけ社長を巻きこまないようにしたかった」
 奥歯に物の挟まったような言い方で、未夏は悟った。 同時に背筋がピリッと冷たくなった。
「もしかして社長さん、本物の統真さんを殺したの……?」
「はっきりとわかってたわけじゃないよ。 なんとなく、そうじゃないかって。 社長か、もしかしたら奥さんが、やったのかなって。
 家出したと言っていたけど、探す気配がないし、もう絶対戻ってこないと確信しているようだったから」
 未夏の首筋に額を押しつけて、博己は続けた。
「よく言われたんだ。 秘書の田町さんや、父の昔なじみ、本物の統真くんの知り合いなんかに。 君は性格変わった、あんなに裏表があったのに今は別人のようだってね。 だから、統真くんがどんな子だったか、想像ついた」
 未夏は目をつぶった。
 朱に交われば赤くなる、というけれど、博己は違う。 どこへ行っても、何をされても、博己は染まらず、真っ白なままだった。 しっかりしていて思いやりがあって、優しくて……。
 大好きだよヒロちゃん、と心の中で囁いて、未夏は両腕に力を込めた。 博己の心を、どんなことをしても守り抜こうと思った。


 ふと気がつくと、ポケットにいろんな物を詰め込んだベストを着た男が、リアウインドウから覗いていた。 その後ろから、何人か取材人らしい男女が走ってくるのも見えた。
「マスコミだ! 行こう」
 未夏に告げられて、博己はさっと起き上がり、車を発進させた。 騒いでいる人々は、あっという間に引き離されて、小さくなっていった。









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