表紙








とりのうた 77



 ピンと張り詰めた空気を破るように、取調官が、足元に落ちた写真と通帳を拾い上げた。
「古河博己だって? 誰だ?」
 未夏をしっかり抱えたまま、坂口が静かに言った。
「僕です」


 それからしばらくの間、取調室は混乱に陥った。
 何人もの職員が出入りし、終いには署長まで姿を現した。
 慌しい部屋の中で、『坂口統真』、改め古河博己は、一つのことだけを繰り返していた。
「全部話します。 ただ、その前に、坂口の父と話させてください。 電話でいいですから、お願いします」
「そこの彼女も同じこと言ってたんだぞ!」
 取調官は唾を飛ばしてわめいた。
「まず君と話してからだってな。 引き伸ばし作戦は、もう止めろよ!」
「ちがいます! 五分でいいんです。 父の立場を考えてやってください。 さもないと」
「さもないと、何だ」
 ドアが乱暴に開かれ、別の男が飛び込んできた。 そして、署長を見てびっくりして敬礼した後、傍に寄って囁いた。

 署長の口から、小さな叫びが漏れた。
「本当か?」
「はい、一時間ほど前に」
「一時間も前か……」
「はい。 電話で秘書が呼ばれて自宅へ行くと、もう絶命していたそうです。 遺書がありまして、今秘書が持ってくるとのことです」
 遺書という言葉に、博己の顔が引きつった。 署長が難しい表情で出ていこうとするのに、立ち上がった彼の鋭い声が飛んだ。
「それは……坂口の父ですか?」
 署長は足を止め、振り返った。
「そうだ。 坂口社長が猟銃で自殺した」


 ウッという声が、博己の喉から出た。
 彼が再び椅子に坐りこみ、頭を抱えてうずくまるのを、刑事たちは静まり返って眺めていた。
 未夏も、慰める言葉がなく、黙って彼の横に立ち尽くしていた。








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