表紙








とりのうた 76



「何ですか! この人は関係ない!」
 窓ガラスが鳴るほどの大声で、坂口は叫んだ。
「小此木さんがどうしてもって言ったんです。 我々が無理に連れてきたわけじゃない」
 若い刑事の言葉に続けて、未夏は必死に声を出した。
「ごめん、びっくりさせて。 でも、黙ってられなかった。 どう考えても間違ってるもの。 ね、話していい? ほんとのことを!」


 坂口は、ゆっくりと椅子に腰を落とした。 その顔から、すべての感情が拭ったように失われた。 怒り、当惑、どちらも一瞬で消え、ただ眼だけが得体の知れない意志を持って、未夏に集中した。
 固定したその視線に、未夏は全身全霊で語りかけた。
「余計なお節介に見えると思うけど、そうじゃないの。 わかったから。 私、ほとんど全部わかったから!」
 坂口は動かなかった。 未夏は本能的に前へ進んで、坐っている取調官のすぐ横まで来た。
「十五年前、あなたがどこにいて、どう暮らしていたか、アリバイなら、私が完全に証明できる。 していい?
 ねえ、ほんとのこと話していいって言って、ヒロちゃん」

 突然、坂口の手が机の上で固く握り合わされた。 顔が、みるみる血の気を失っていった。
 取調官の一人が未夏を見上げて、低い声で訊いた。
「アリバイ? 十五年前の七月二十八日と八月五日の夜ですよ。 そのとき、あなたまだ子供だったでしょう?」
「中二でした」
 真っ青になった坂口を凝視したまま、未夏はやっとの思いで答えた。
「でも、十五年間忘れたことないし、いつも会いたいと思ってました」 
 細かく震える手で、未夏はバッグから写真を出し、胸の前にかざした。
「これが基子で、貞彦で、私。 これが、あなた。 お祭の晩に撮ったの、大切にしてたんだ。 楽しかったよね。
 みんなあなたが好きだった。 貞彦だって。 貞彦が家出したの、知ってる? きっと……これのせいだと思う」
 そう言いながら、未夏は通帳を出した。
「これ、さっき見つけた。 稲荷神社に隠してあったやつ。 中を見たとき、やっとわかったの。 おじさんたちがヒロちゃんに何をしたか」
 涙がぽつんとその上に落ちた。
「ひどすぎるよ、みんな。 今のお父さんだって、あなたが好きなんでしょう? なぜ本当のこと言ってくれないの? どうしてヒロちゃんを見殺しにできるの?」


 部屋を覆った真空のような沈黙の中で、坂口はゆっくり手をほどき、ぎゅっと目をつぶった。
 乾いた唇が、わずかに開いた。
「……昨日は、最後の思い出を作りに行ったつもりだった。
 でも本当は、気付いてほしかった。
 ありがとう、未夏ちゃん……」


 未夏の指から通帳がこぼれ落ちた。 写真も落ちて、床にちらばった。
 そのまま一気に机を回って、未夏は坂口に飛びつき、固く抱きしめた。








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